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「怠けアリ」の役割 「無用の用」を理解する視点

2016年3月25日付 中外日報(社説)

「人は皆有用の用を知るも、無用の用を知る莫きに」。『荘子』に出てくる言葉である。

人はみんな明らかに役立つものの価値は知っているが、無用に見えるものが人生において真に役立つものだということを知らない、というのだ。

先頃、この荘子の教えにも関係がありそうな、興味深いニュースが新聞に掲載されていた。

北海道大大学院農学研究院の研究チームが、「社会性昆虫」であるアリの集団は、常に全ての個体が働くよりも、一定数の働かないアリがいた方が長く存続できることを突き止めたという。

研究チームによれば、アリの集団内には、ほとんど働かない個体が全体の2~3割程度存在するという。短期的に生産効率が下がるのに、なぜ「怠けアリ」が存在するのかが謎とされていた。

研究の結果、働きアリが疲れて休んだときに、普段は働かない「怠けアリ」たちが代わりに働いていることが分かった。働き者のアリたちばかりだと全員が疲れて休み、卵にカビが生えないように世話する者が誰もいなくなる。

これは、集団にとって致命的なダメージになるため、「怠けアリ」は集団の維持に欠かせない存在なのだ。「怠けアリ」はまさに「無用の用」だ。

「エコノミックアニマル」と外国人から揶揄され、そして恐れられたように、戦後の日本人は皆が「働きアリ」のようにがむしゃらに働き、奇跡的な高度経済成長を遂げ、米国に次ぐ世界第2位(現在は3位)の経済大国となった。この時代、「モーレツ社員」が花形だった。

その後、2度のオイルショックやそれに続くバブル経済の崩壊などで、高度経済期には主流であったこうした価値観は影を潜めた。かつての「モーレツ社員」はもう死語だが、「働き者」が社会や組織にとって「有用」との考え方には変わりはない。

ただ、今の日本の社会は「無用の用」を知っているだろうか。経済のグローバル化で効率主義、拝金主義がはびこり、子どもや若者らの貧困問題が深刻化しているが、その背景にあるのは「有用の用」だけを追求しようとする現代人の姿だ。

仏教は自らの都合で物事を見てはならないと教えるが、人や社会が「己の物差し」にこだわっている限りは「無用の用」を知ることはできないだろう。

「怠けアリ」が集団から排除されることがないのは、アリたちは「無用の用」を知っているからではないか。