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参院選合区に思う 宗教風土顧みる機会にも

2016年4月15日付 中外日報(社説)

現在の高知県と徳島県、島根県と鳥取県がそれぞれ、一つの県を形成した時期がある。明治維新直後のことだ。

明治新政府は、1872(明治5)年の廃藩置県で本州、四国、九州を3府72県に区分けしたが、細分し過ぎだとして、4年後に3府35県制とした。徳島を併せた高知県、鳥取を併せた島根県はそれぞれ東西約300キロに及ぶ細長い県となった。

交通も通信も未発達だっただけに、役所も住民も戸惑ったことだろう。広大な県は再び二つか三つに分割され、88(明治21)年までに3府43県と、ほぼ現在の姿になった。東京都は当時、東京府と呼ばれた。

ここに挙げた徳島・高知と鳥取・島根は、今年7月の参議院通常選挙から「合区」にされる。1票の格差是正のため、選挙区(かつての地方区)で1県1議員ずつ選出していたのを2県で1人選ぶことになる。歴史も県民性も違う2県をどうまとめるか。

島根・鳥取両県には、日本海沿いにJR山陰線が通じている。同じ鉄道を利用する同士としてのまとまりが期待できそうだが、時刻表を見ると、山陰線を通しで走る列車はほとんどない。東は東、西は西で、中国山地を横切る支線を経由して山陽地方へ結ぶダイヤが組まれている。山陰線は実質コマ切れ路線なのだ。

一方、徳島県から高知県に至る海岸は断崖絶壁続き。平安時代初期までは、都から室戸岬へ行くには、四国西南端の足摺岬を経由する大回りコースをとらねばならなかった。当時の陸の旅は、九州の南端へ行くより日数がかかったと言い伝えられている。

1票の格差是正で合区は今後も続くだろう。広くなる選挙区の住民の心を一本化できるだろうか。

ところで、山陰線の時刻表で目立つのは、島根県の出雲市から鳥取県の米子を経て南下し、大都市圏へ直行する出雲大社参拝ダイヤだ。出雲大社といえば大和王権と並立した出雲王朝の神話を連想する。因幡の白兎の神話もある。

日本の真言宗を確立した弘法大師空海は、峻嶮な阿波(徳島)山中の太龍寺での荒行を経て、土佐(高知)室戸岬の御厨人窟での瞑想で明星の光を感得した。四国遍路の根幹をなす大師信仰の原点の舞台が、この両県だった。

明治以後に設けられた行政区分の枠を超えて、これらの地方には古代にさかのぼる信仰を介した交流があったということが浮かび上がってくる。選挙制度の変換も、日本という国を考える一つのきっかけになるかもしれない。