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公金不正の疑惑 神仏は超越的な監視役

2016年5月27日付 中外日報(社説)

海外出張における多額の出費、公用車での別荘往復、また家族旅行の宿泊代への政治資金の流用など、東京都の舛添要一知事による経費無駄遣いや公私混同が問題となっている。また先頃は、JOCの竹田恒和会長(当時、五輪招致委員会理事長)が、IOC委員の関係する海外コンサルタント会社に対し2億2千万円を支払ったことで、国会の参考人質疑に呼ばれた。ロビー活動に必要だったという理由だが、竹田会長は金が実際どう使われたかは確認しなかったという。

こうした問題は公金を扱う権限を持つ者がはまりがちな、一種の金権体質の陥穽である。舛添知事は公費で高額の海外出張費を使えるのは自分の役得だと勘違いし、一方、JOC竹田会長の方は自らきちんと確かめもせず、疑わしい相手に巨額の招致費用を振り込んだ。後者の場合、五輪招致をめぐる利権問題も絡み問題の根は深い。かつてIOC内部でも買収疑惑が発覚し、複数の委員が追放・辞任に追い込まれて、IOC委員による立候補都市への訪問が禁止されたことがあった。今回の疑惑も、公正なプレーが要求されるスポーツ界の問題だけに残念な事態で、真相の早急な究明が急がれる。

そもそも権限を持つ人間には自己規律の厳しさが必要だ。権限を持てば持つほど、権限行使に対する厳正な判断と責任が要求されてくる。公金の取り扱いは、透明性と納得のいく説明が求められる。本来は外部から言われるまでもなく、公私のけじめを自らつけられるようでなくてはならない。しかし、なにぶんにも人間の性は弱いため、なかなか理想通りにはいかないので、公正な第三者機関による監視や監査も必要になる。

社会的ルールを守るためには、これを守ろうとする意志と努力が欠かせない。そうした倫理的な営為があって社会が成り立つ。ただ、同じ社会的ルールであっても法律と異なり、倫理の場合、守るも守らないも本人の胸三寸次第である。倫理の根底にあり、教義によって倫理を支えるのが実は宗教なのである。

宗教者もまた生身の人間なので、誘惑にさらされることもあろう。こうした問題を他山の石として、自ら襟を正していかなくてはならない。ただ、宗教者の強みは、たとえ自らの性が弱くても、神仏が超越的な監視役として常についていることだ。神仏と日々対峙しているからこそ、倫理的感覚を研ぎ澄まし、種々の誘惑を乗り越えることが可能になる。宗教者には、そのような形で社会的期待に応える役割も存するのである。