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核廃絶、人々の力で トップの言葉だけでなく

2016年6月3日付 中外日報(社説)

「画期的」などと大きく持ち上げることなのだろうか。オバマ米大統領が被爆地広島を訪れ、原爆慰霊碑に献花し、声明を発した。核兵器による無差別殺戮を謝罪するかどうか注目されたが、米国世論の反発による困難性が事前に“予防線”のように繰り返し報道され、声明の冒頭は「71年前……死が空から降り」などと爆弾を落としたのが誰かさえ触れなかった。

「歴史的訪問」というが、それは「歴史」になるほど長い年月放置してきただけのことではないか。謝罪は直前に訪れたベトナムでもなかった。謝れば済むことでももちろんないが、加害国トップが足を運びながら謝罪しないことで、戦争被害者たちのわだかまりは消えない。新たな具体的提案もなく、「未来志向の関係」などと口で述べても、日本がかつて侵略したアジアの国々で今なお批判が終息しないのと、それは同じことだ。

被爆者代表と言葉を交わし抱き合ったことも、政権末期を見据え、「歴史」に名を残したい姿勢ではないかとの指摘もある。でなければ、なぜ2期目の最初に来ないのか。長年苦難にさいなまれながら、笑顔で大統領に語り掛けて批判をあえてせず、今後の地道な核廃絶の闘いへの協力を求めた被爆者の方がよほど高潔に見えた。ノーベル平和賞受賞者として「核なき世界の実現」を言うなら、率先して自国の核兵器をさっさと廃棄してはどうか。「そんな子供じみた空論」と非難があるだろうが、平和を希求する思いに大人も子供もない。「敵の核攻撃の恐れが」と言うが、世界中で多くの敵をつくってきたのはどの国か。

コメントの理念に反して、米国は核兵器全面禁止条約の動きに敵対し、部分的核実験禁止条約締結後の1964年以降でも何百回もの核実験を強行した。最近は、Zマシンという先端技術を使った核実験を繰り返し、オバマ政権も膨大な予算を投じて核兵器の近代化を進めている。爆発による破壊が限定的な「スマート兵器」型はかえって実戦使用のハードルを下げることが懸念されている。広島の平和公園でも、大統領が核攻撃を指示する「核のカバン」と呼ばれる機密装置のバッグが、ずっとオバマ氏の傍で持ち運ばれているのが報道された。核廃絶への大きな一歩などとは到底評価できない。

各国の宗教者たちが連帯して戦争に抵抗し、武器を使用しないよう呼び掛ける「アームズダウン」という運動で全世界から多くの署名が集まった。華々しいトップの動きよりも、広範な人々の力強い行動こそが核を終息させる。