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緊急事態条項のワナ 過度な権限集中は危うい

2016年6月8日付 中外日報(社説)

ヒトラーが首相に任命される直前の1932年11月の国会議員選挙でナチ党得票率は33・1%、日本では一昨年12月総選挙で民意を反映しやすい比例代表の自民党得票率も33・1%だった。もとより偶然だが、3分の1以下の支持でヒトラーは早くも翌年春、合法的に独裁体制を固めた。大統領緊急令がそれを可能にしたという。戦争や災害など国の非常時に憲法に定める言論・集会・結社の自由など基本的人権を停止できる、憲法学で国家緊急権と呼ぶものだ。

最後は全権委任法で、憲法に反する法律まで政府が制定できるようにした。第1次世界大戦敗戦後に制定された民主的なワイマール憲法は、大統領緊急令=国家緊急権を設けていたばかりに自壊したわけだ。

この歴史の教訓を深く記憶に刻んでおきたい。安倍政権が改憲への「入り口」として導入を目指す憲法の緊急事態条項は、国家緊急権の条文化にほかならないからだ。

全国紙の中でも、緊急事態条項をナチスの例と重ねてその危険性を訴える憲法学者らの声を「一面的」と冷笑する言説がある。だが、本当にそう言い切れるのか。

自民党の改憲草案では非常時に国会の事前同意がなくても首相が閣議で緊急事態を宣言でき、内閣は法律と同じ効力を持つ政令を制定できる。これは事実上、立法権を国会から内閣に移すに等しい。

すでに周知のことだが、自民党の改憲草案は総体的に個人より国家を重視する復古主義的な色彩が強い。大日本帝国憲法下で宗教も弾圧された治安維持法の最高刑を死刑に引き上げる改正案が、廃案になりながら国家緊急権の緊急勅令で復活したように、政権による恣意的運用の危険が常に生じる。

特に安倍政権は強引な解釈改憲による集団的自衛権の行使容認に象徴されるように、立憲主義軽視の政権体質が再三指摘される。だから尚更懸念が募るのに、それを「一面的」と決めつける記者の感覚は理解不能と言うしかない。

法の支配を核心とする立憲主義は源流をたどると、太い流れは近世ヨーロッパの宗教戦争に至るという。悲惨な体験で異なる宗教的な価値観、世界観を認め合って共存を図る枠組みとして発展したとされる。信教の自由は当然の帰結だった。立憲主義を揺るがす政治の動向に宗教界が対応を迫られる理由の一つがそこにある。

最近、自民党内で衆院議員任期切れ直前の大震災発生を想定し、改憲で任期延長を図る緊急事態条項が検討されていると聞く。そんな確率の低い事態より原発のリスクを考える方が先ではないか。