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赤紙・軍歌に学ぶ 時流に流されると破局

2016年8月26日付 中外日報(社説)

戦前・戦中、国民を強制的に兵役に就かせる召集令状(赤紙)はよく夜間に来た。赤紙で召集されると、すぐさま家族と離別し、入営させられた。兵役は名誉ある義務で召集も戦地への出征命令も、表向きは勇んで応じる態度を見せなければならなかった。戦況の悪化で事実上、死の宣告に等しい徴兵の現場は、言葉で尽くせぬ無数の悲しい人間模様が描かれた。

当時、全国の市町村役場では徴兵検査、召集令状の交付や戦死者家族への告知など兵事に関する一切の業務を担う兵事係が膨大な兵事書類を管理していた。敗戦で軍部は連合軍の責任追及を恐れ、軍の重要書類ばかりか兵事係にも全兵事書類の焼却を命じた。ほとんどは応じたが、滋賀県の小村の兵事係が「戦死者家族にかかわる大事な書類。処分したら戦争に往かれた人の労苦や功績が無に帰す」と多くの兵事書類を秘匿した。

残された貴重な書類を基に著した吉田敏浩著『赤紙と徴兵』には夜中、村外れの一軒家に使者として赤紙を配った元青年団員の哀しい語りがつづられている。

家は寝静まり「召集令状です」と何度も大声で起こすと、若い夫婦がきちんと着替えて迎えた。夜陰に突如来た赤紙を前に黙する二人の姿。太平洋戦争さなかのことだった。召集の人選は軍事機密とされ、兵事係も国民も赤紙は「秘密の壁の向こうから突然舞い込む」ものだった。それでも嫌な顔は許されない。愛国心を疑われたからだ。

日本人は雪崩現象を起こしやすいという。同書も記すが、ある方向へと時代の空気が過熱すると地域の隣組に至るまで強い同調圧力が働く。その国民性は様々に姿を変え、例えば軍歌の流行も深い所でつながっていたようだ。

もとより軍歌は各国にあるが、日本は満州事変の頃からブーム化し「軍歌大国」といわれた。全国紙などメディアが懸賞金付きで新譜を公募、軍部が後援する形が多く、応募が10万件を超えたこともある。軍歌はある種の国民的エンターテインメントとして、人々の心を戦争遂行へと差し向けた。終戦間近の8月5日、本土決戦に備え新聞各紙などが合同で懸賞募集した「国民の軍歌」は象徴的だ。偶然だが、終戦の日が締め切りで1万5千件の応募があった(辻田真佐憲著『日本の軍歌』)。

赤紙と軍歌の二つの事例にすぎないが、それを過去のことと言い切れぬ昨今の世情である。いつの間にか時代の空気に抱きすくめられ、金縛りにならないか。その自衛策は、かつての苦い経験を知る宗教者には自明のはずである。