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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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今こそ中道の教えで 仏国土を清浄にする役割

2017年1月6日付 中外日報(社説)

言論が極端に振れる時代である。昨年は英国ではEU離脱決議、米国ではトランプ氏の大統領選勝利など、まさかの結果になった。特に驚きだったのは、トランプ氏が建前論をかなぐり捨て、保護貿易の主張やイスラム教非難、不法移民排斥など本音の議論を繰り広げて当選したことだった。

外部に敵を作り出し、民衆をあおるような政治の在り方はポピュリズムと称される。どの国においても、移民や難民に対する排他的攻撃の言説、外国とりわけ近隣諸国に対する敵対的な過剰反応が目に付く。もちろん我が国も例外ではない。とりわけインターネット上では極端な意見が横行し、それが現実の場面においても登場して、穏健な意見は影が薄くなる一方である。

21世紀に入り民主主義が成熟してきたはずなのに、このようなポピュリズムが台頭してくるのはなぜだろうか。いろいろな理由が考えられるが、一つ挙げたいのは言論空間の変化である。大手メディアの発信力が衰退する一方で、誰もがパソコンやスマートフォンに直接メッセージを書き込み、それを電子情報として無媒介に流通させることができるようになった。

結果、言論そのものの重みが感じられなくなり、流通する活字情報はお喋りのようにネット上に拡散している。そのような言論空間においては、過激な意見ばかりが注目を集め、議論は極端に走り排他的になりがちだ。現状に不満を持つ人々は、そうした言論についつい引き込まれてしまう。

このような時代にあっては、極論に振れない中道の精神が大切だ。物事の是非や意見は中道にある。また中道を歩いてこそ、左右にも目配りが利く。中道は人々をつなぐ紐帯となり、社会を安定させることができる。そして何よりも、中道は釈迦の温顔のように、人々の心を穏やかなものにしてくれるものだ。

大乗仏教では「清浄仏国土」を説く。これは、別の世界にある清浄な仏の国土のことではなく、「仏国土を清浄にする」という意味である。仏国土とは菩薩たちの教化と救済が及ぶ土地、すなわち我々の住むこの世の中のことに他ならない。仏教者に限らず、宗教者には、人々を教化し救済することを通じて、この世の仏国土を清浄にしていく使命と役割がある。

争いや暴力を誘発するような過激な言論が蔓延する昨今、この風潮に警鐘を鳴らすと同時に、自らは中道を歩み、人々に穏やかな意見と行動の模範を示していくことは、仏教者・宗教者にとってまさに焦眉の急を要するものである。