ニュース画像
御影堂前階段で記念撮影を待つ小僧さんたち。2時間余りの儀式を終えてほっと一息
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

不寛容と「感情労働」 対応の秘訣は神仏とのパイプ

2017年2月3日付 中外日報(社説)

神奈川県小田原市の生活保護担当の職員らが「保護なめんな」などの文字をプリントしたジャンパーを着て、10年間も職務に当たっていたという。市側は、全く配慮を欠いた振る舞いだったとお詫びし、ジャンパーの使用を禁止するとともに関係者に厳重注意をした。けだし当然の処分である。

このジャンパーは、生活保護受給を打ち切られた男による複数の市職員への傷害事件をきっかけにして、士気を高めるために担当職員らが作ったものだという。だからといって、受給者の権利をないがしろにするジャンパー着用はあまりに短絡的で非常識であり、決して容認できるものではない。

ただその一方で、役所の相談窓口だけでなく企業などの苦情対応の現場で、近年過剰なクレームが増えている事態にも目を向ける必要がある。学校にはモンスターペアレント、病院にはモンスターペイシェントがいる。相手が抗弁できないことを逆手にとって、クレームもエスカレートし、言いたい放題に非難攻撃をするため、これに対応する人たちが精神的に参ってしまう。そうしたクレーム対応のような仕事は「感情労働」とも称される。

現代は世を挙げてクレーマーの時代、不寛容の時代といわれる。それはひとえに、職場や社会の中に心の余裕が無くなってきたことの表れである。子どもの声がうるさいからと保育園に苦情の電話を入れる、電車の遅延に際して駅員に詰め寄り暴言を吐くなど、自分よりさらに弱い立場をたたく傾向がある。

宗教者は信者の悩みを聞く機会が多い。その意味で対人援助職の一つと言ってよいかもしれない。対人援助には「感情労働」の側面が付きまとう。時には暴言を吐かれることもあろう。宗教者も生身の人間であるから、心が折れることもあるかもしれない。しかし、宗教者の強みは、その宗教的信仰を通じて超越者(神仏)との強力なパイプを有していることだ。このパイプがあるからこそ、心魂の拠り所を見いだし、そこに安んじて自らを任せることができる。

神仏は、宗教者ばかりではなく、どんな人間にとっても精神的・霊的なスーパーバイザー(監督者)である。たとえ他人から否定的な情念をぶつけられても、心の中で神仏にパイプをつなぐことで、心の負荷を少しでも軽減することができる。またそうして神仏の加護を得ることができれば、自分が直面している問題に対して、人々にも神仏にも共に喜んでもらえるような解決法を見いだしていくことも可能であるはずだ。