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被災者支援削減 弱者切り捨ての政治を象徴

2017年2月24日付 中外日報(社説)

今年3月末をもって原発被災者への支援が大幅に縮小される。帰還困難区域がかなりの部分を占める福島県浜通りの富岡町のような自治体も、主要な行政機関は疎開先の郡山市から富岡町へ戻る。だが、近いうちに富岡町へ帰る住民は年齢が高い層に限られ、数は少ない。1月1日現在で富岡町からは1万4999人が避難しているが、「戻りたいと考えている」人は16・0%で、「戻らないと決めている」57・6%を大きく下回る。

町の職員はバスに乗って遠方の郡山などから1時間以上かけて富岡町へ通う。子どもと共に暮らす職員の中には役場の仕事を辞め、新たに仕事を探さなくてはならないと考えている人もいるという。

福島市や郡山市が位置する中通りなどで放射線量が比較的高い地域に住む家族や母子には、他地域に自力で避難(自主避難)している人も多い。復興庁によると、福島県から県外に避難している人たちは、1月末で3万9818人である。福島県の発表では、約1万2千世帯が県内外に自主避難していることになっているが、実際にはもっと多いともいわれる。

福島県では原発事故後、災害救助法に基づき、国家公務員宿舎、雇用促進住宅をみなし仮設住宅として自主避難者に無償で提供してきた。だが、3月末でそれを打ち切る。一定の所得以下の人に限り新たに転居して賃貸住宅に暮らす際、2年間だけ支給するが、対象は約2千世帯にとどまるという。

東京電力の原発事故で放出された放射性物質で予測される健康被害は、大人より子どもの方がずっと大きい。子どもがいる家族は避難せざるを得なかった。政府が帰還できるとした地域は年間20ミリシーベルト以下だが、そこでは放射線の健康影響を懸念せざるを得ないと考え、人々が今も避難している。事故前は年間1ミリシーベルトという基準が通用していたのだから自然なことである。被災者に無理やり帰還を強いるかのような政府や福島県の措置を理不尽と感じる人は少なくない。

帰還を進めることで福島の経済復興が進むし、被災者への支援の財源を節約することができるということだろうか。だが、そのために弱い立場に置かれた多くの被災者を犠牲にするやり方は、人道にかなっていない。原発事故後に被災者支援を切り捨てて「復興」に向かう政治の在り方は、現代日本が進んでいる方向を象徴しているように見える。弱者の切り捨てを強行するような社会の在り方をどう変えていけるのか。日本の宗教界も身近な問題として取り組まざるを得ない時代に入っている。