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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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危うい時代潮流 見て見ぬふりは危険

2017年4月14日付 中外日報(社説)

「都会のハト」というらしい。都市に群れるハトは、人になれ過ぎて危険が迫っても逃げようとしない。その習性が、時代の危うい空気に鈍感な今の世とどこか重なり合うという意味の警句である。22年前の地下鉄サリン事件でオウム真理教施設の捜索の際、有毒ガスに敏感なカナリアが検知役で活躍した。以来よく耳にした「炭鉱のカナリア」の例えとは逆だ。

カナリアのように危険感知能力の高い人が多い社会は安心・安全なはずだが、心理学的な分析では様相が違う。マーガレット・ヘファーナン著『見て見ぬふりをする社会』によると、危機的状況に気付いた人が多いほど回避行動を起こす人は減る。傍観者効果と呼ぶそうだ。

また、人は見たいものだけを見る。見たくないものは大切なことであっても知らない方が心地いいから見て見ぬふりを決め込む。見て見ぬふりは増殖し、外部からはとんでもない状況に見えても、当事者は気付かない。やがて破局を迎え「なぜ気付けなかったか」とぼうぜんとするのがその結末だ。都会のハトを笑えない。

同書の出版は東日本大震災のあった年。思えば原発事故は、見て見ぬふりがたどるモデルのような惨事だった。それなのに国は北朝鮮の核・ミサイルの脅威がかつてなく高まる中、日本海側に集中立地した原発の再稼働を急ぐ。

原発ばかりではない。最近、新聞の投書欄で国が個人の生活や心にまで踏み込んでくるようで心配だという趣旨の投書を見る。心配の主因は現政権特有の復古的な歴史観にあるようだが、特に憲法などに反しない形なら「教育勅語の学校教材への活用は否定されない」という政府答弁書に驚く人が多い。教育勅語は権威への服従の強制がその本質だ。憲法に反しない活用は考えにくいのだろう。

そんな政権の周辺に戦前回帰を思わせる特異な思想の持ち主が集まる。昨今、渦中にある大阪市の学校法人「森友学園」は一例にすぎなかろう。過剰な日本礼賛と近隣国を蔑視する排外的な言説があふれる現象も無関係ではない。総じて息苦しい世相が醸成されていくのに見て見ぬふりに陥っていないか。冒頭の「都会のハト」の例えも真意はそこにあるようだ。

かつて「日本精神」を称揚する書籍の出版ブームからわずか数年後、日中戦争が本格化した。全体主義は権力と世論が共振し合って高揚するというが、自己の望む情報だけに浸れるネット社会には集団の暴走が起きる危険性も潜む。社会の異常への気付きを促す役割を、誰かが担わねばならない。