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教育勅語再評価の動き 天皇神格化の歴史から学ぶ

2017年5月26日付 中外日報(社説)

敗戦直後、当時の首相・幣原喜重郎が昭和天皇に拝謁し、「国民が陛下に対し奉り、あまりの神格化扱いを致すものでありますから、今回のような軍部がこれを悪用致しまして、こんな戦争をやって遂に国を滅ぼしてしまったのであります」(幣原平和財団『幣原喜重郎』)と述べたという。

昭和天皇の意見を踏まえ、天皇神格化の弊害を語っているわけだが、これを読んで、「国民があまりの神格化扱いをした」という論には唖然とさせられた。

「大東亜戦争」にしても「国民が望んだ戦争」という議論がいまもある。鬼畜米英を叫び、大本営発表に歓呼を上げたのは事実で、それに同調しない人々は周囲から非国民扱いをされた。過程ではなく結果としての現象を見ると、「国民が望んだ」と強弁できる人もいるだろう。しかし、「国民が自ら望んで天皇を神格化した」とするのは、近代の歴史的事実を無視した曲論になる。

明治維新後、宗教に関わる国家の制度は目まぐるしく変わった。律令時代の神祇官復興というアナクロニズムはあっという間に挫折し、神祇省から教部省と数年ごとに看板を変えた。

神仏判然令を打ち出し、廃仏毀釈のきっかけをつくるなど、維新政権の宗教政策は水戸学や平田派復古神道の思想に導かれた。大教宣布の詔によって政府は「宣教使」の制度を設け、天皇崇拝の教化を進めた。宣教使の活動は思うように効果を挙げなかったので、神官、僧侶や落語家らも「教導職」として動員し、神格化された天皇を頂点とする国家として、国民の統合を図った。

具体的な宗教制度は動揺したが、根幹となる神権的国体論は先の敗戦まで維持された。教育勅語などによって国民を教育し、学校に設置した御真影奉安殿に児童を礼拝させるなど儀式を通じて天皇の神聖さを心に植え付けた。そうした教育は、総力戦の国民総動員で効果を証明したわけである。

冒頭の幣原の言葉に戻ると、神格化の弊の批判は、国民やそれを利用した「軍部」だけに向けるのはお門違いで、明治以降営々と続けられてきた「国体」の教育を、当然まず問わなければならない。

いままた、「教育勅語」を再評価しようとする議論が政治家らから発信されている。青少年の教育の場に、なぜ、神格化された天皇を頂点とする「国体」の聖典である教育勅語を持ち出す必要があるのか。戦後、国会で排除が議決された聖典を復活させようとする政治家らの心根には強い危惧を持たざるを得ない。