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魂の平安 無関心では得られない

2017年6月9日付 中外日報(社説)

「無関心であることが魂の平安であってはならない」。美智子さまは皇太子妃時代の1984年、50歳の誕生日の前の記者会見で、ご成婚前にアフリカへの国際協力に携わる人から訴えられたこの言葉を「ずっと忘れられずにいる」と話された(薗部英一編『新天皇家の自画像』)。

マザー・テレサの「愛の反対は無関心」という言葉に通じるその理念は、天皇陛下が誕生日に合わせた記者会見などで折に触れ語ってきた「国民と苦楽を共にする」お気持ちとも重なる。

近年の「自分だけ、今だけ、カネだけ」という「獣の世」のような社会潮流の中で、無関心は力のない少数の人々への無理解、偏見や社会的分断とその固定化を生んでしまう。政治と関わらない立場で、そんな社会に積極的に関わろうとする意志を、ご夫妻はかねて共有し続けてきた。

両陛下は91年の雲仙普賢岳噴火以来、大災害のたびに再三、被災地を訪れて被災者を見舞い、ひざまずいて同じ目線で語り掛け、また福祉施設やハンセン病療養所を訪問し、水俣病の被害者とも懇談した。戦没者の慰霊と広島、長崎やサイパン、パラオなど南の島への慰霊の旅も、さらには皇太子殿下の時代を含めて10回に及ぶ沖縄訪問も、陛下には同様の文脈で欠かせない公務なのだ。

このように、両陛下が困難に置かれた人々と寄り添うなどの公務に全身全霊を傾けるのは、それが試行錯誤を重ねてつくり上げた国民統合の望ましい象徴天皇像と信じるから、とされる。加齢で自分にはその努力を続けるのが難しくなったとして、生前退位の意向をにじませたのが、昨年8月のお気持ちの表明だったわけだ。

しかし、陛下の意向に難色を示す人々がいるようだ。先日、退位をめぐる政府有識者会議のヒアリングで「日本会議」に関係する右派の専門家から「天皇は祈っているだけでいい」との意見が出たことに、陛下が強い不満を漏らされたと一部新聞が報じた(5月21日『毎日新聞』)。宮内庁は否定したが、事実でないなら必ず行う抗議はしていない。

陛下は、お二人で築き上げた国民と共感、共苦する象徴天皇像を引き継ぎたいと思われているようだ。だが退位の手続きを進める現政権は数の力で少数意見を押しきり、国会答弁も不誠実な上、安倍晋三首相はメディアを一方的に選別し自己の主張を報道させる。その政治手法は逆に国民の分断を助長している。そんな政権の下での退位手続きに無関心でいては、国民の「魂の平安」は得られない。