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メディアの「自立」問う 乏しい「権力監視」の自覚

2017年7月7日付 中外日報(社説)

マハトマ・ガンジーが「理念なき政治」を遺訓「7つの社会的大罪」の1番に挙げたのは、恣意的な政治が続くと国は乱れ、人心はすさみ、民衆を苦しめるという罪業の深さへの思念からだろうか。

2日の東京都議選は、自民党が惨敗し「都民ファーストの会」が躍進した。その要因は様々に報道されているが、最大の要素はガンジーの遺訓を連想させる現政権の政治手法の危うさにある。そう言っても過言ではなかろう。

政権トップにコネを持つ層が政治・行政をゆがめ、不当な利得や利権を手にする。一連の学園疑惑の本質がこれだが、政権は言論の府を数の力でねじ伏せ、真実を語ろうとしない。閣僚や周辺人物の慎みを欠く言動も同根のものだ。暴走ともいえる強引な手続きで成立させた「共謀罪」は、犯罪捜査で人の内心にまで立ち入り「密告社会」を生むと懸念されている。幾つかの全国紙の投書欄も、昨今の政治に不安を訴える投書が載らない日が珍しい。

強調しなければならないのは、そうした政治状況を招いた責任の一半をマス・メディアが負わねばならないということだ。現に最近の投書欄は、報道を批判する投稿が目立って増えている。

「メディアは権力に批判的な視線を忘れないでほしい。それが今後の子供たちの時代を守る」「メディアが政府の広報機関化し国民を戦争へとあおった歴史の教訓を記者はかみしめて」「日本のテレビ番組はどの局もお笑い芸人ばかり」等々、挙げていけばきりがない。

表現の自由に関し、国連の特別報告者が5月、日本は「メディアの独立性に懸念がある」との報告書を公表した。4月に国際NGO「国境なき記者団」(パリ)が発表した日本のメディアの自由度世界ランクは前年と同じ72位。メディアの「自主規制」などが指摘された。63位で前年から7ランク上昇した韓国との差が開いていく。

安倍政権は、あらゆるメディアの報道をチェックし、意に沿わなければ細かくクレームを入れるところに特色がある(古賀茂明著『日本中枢の狂謀』)という。政権の巧妙な操作でメディアも記者も分断され、権力の専横にも結束して向き合えない。場の空気に同調し、首相や官房長官らへの記者会見も緊張感を欠くことが多い。

ジャーナリズムの生命線である権力監視の役割を担うには、権力に立ち向かう精神的な強さが不可欠という。その自覚抜きでは都議選の後の報道も同じ轍を踏むだけだ。従属を戒め心の自立を説く釈尊の教えに通ずる課題である。