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人材育成と組織改革 「何のために」を見失うな

2017年7月26日付 中外日報(社説)

本紙上でも各宗門・教団の宗議会の模様が報告されるが、必ずと言ってよいほど、人材育成や後継者養成のことが取り上げられている。少子高齢化、地方の過疎化、宗教離れと、宗教界を取り巻く状況が厳しい中、次代を担う僧侶や教師、また寺院や教会を支える檀家や信徒をどう育成し、指導していくかが焦眉の急とされる。

確かにその通りだが、少し立ち止まって、こう考えてみてはどうだろう。人材育成、後継者養成とは、誰にとって、また何のための育成や養成であるのかと。若い世代が育たないのは、檀信徒が離れていくのは、実のところ宗門や教団、寺院や教会が、人々にとって魅力を感じられなくなっていることが少なくない。

組織は生身の人間がつくり、一人一人が大切な構成メンバーだ。人材育成が急務という声が内部から出るとき、その組織は制度疲労を起こしている可能性がある。若者が法燈の継承を躊躇したり、檀信徒の足が遠のいていく理由の一端もそこにある。寺院・教会の後継者難、宗門・教団の人材流出や信者減少を嘆くのであれば、まず点検しなくてはならないのが当該組織のありようである。だとすれば、育成すべき人材とは、組織に従順な人材ではなく、組織を変革する人材ではなかろうか。

組織のイノベーションで期待される担い手として、「若者、ばか者、よそ者」としばしばいわれてきた。若者なら前例にとらわれず新しい挑戦ができ、ばか者ならどんなに笑われても信念を持って行動でき、よそ者なら客観的な視点で冷静に判断することができるだろう。

ここで重要なのは「若者、ばか者、よそ者」に代表されるように、組織運営に求められるのが、前例にとらわれない挑戦の姿勢であり、信念を持って行動する姿勢であり、そして客観的で冷静な判断だということである。

どんな組織も必ず、現実社会との関わりの中、その社会の動きとかみ合って動いている。宗教組織も同じである。人々が信奉し支持してくれてこそ、社会的存在として成り立っていくことができる。

人材育成とともに大切なのは、組織の自己点検、自己改革である。大は宗門・教団レベルから小は個々の寺院や教会に至るまで、どんな宗教組織も宗祖・教祖の教えに基づき、広く世界の平和や人々の幸福を目指して設けられている。それはひとえに、神仏による救済をこの世に実現することだ。この存在目的に照らしつつ、宗教組織の運営には絶えず反省と刷新が求められるのである。