ニュース画像
避難所となった当時を振り返りながら講話する本川住職
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

真のライバルとは 自己中心の物差しの歪み

2017年7月28日付 中外日報(社説)

プロ野球巨人軍にかつて江川卓、西本聖という共に右腕の投手がいた。江川氏は高校時代から「怪物」と呼ばれ、エース候補として巨人に迎えられた。一方の西本氏は甲子園出場経験もなくドラフト外で入団した。

「雑草魂」で底辺からはい上がり先発投手陣の一角を占めるまでになっていた西本氏は、鳴り物入りで巨人に入ってくる江川氏に激しい敵愾心を燃やした。

後に両氏は投手陣の両輪として活躍するが、互いに相手が登板した試合では「打たれろ、負けろ。そして次は自分が先発して勝つ」と心の中で念じていたそうだ。「巨人にエースは二人要らない」との自負心がそうさせた。

しかし、共に現役を引退して数十年後に再会した際、両氏は同じ言葉を口にしている。「江川氏(西本氏)がいたからこそ自分はあそこまで頑張れた。今では感謝している」。西本氏の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「どうして俺が先発ローテーションの一角に定着しようとしている時に、最初からローテ入りを約束された江川氏が入団してくるのか」。西本氏にとって江川氏との出会いを仏教的に表現するならば、まさに「怨憎会苦」だったのだろう。しかし、その最も出会いたくない人の存在があったからこそ、入団時にほとんど注目もされなかった西本氏は江川氏と共に巨人軍、そして球界を代表する投手に成長することができた。

スポーツ界ではこうしたライバル関係が互いの成長の糧になることもあるが、一般の社会、特に政治の世界などではライバルは打倒すべき存在、両雄並び立たず、ということが多い。

安倍晋三首相が森友学園、加計学園の問題や防衛省・自衛隊の日報問題などで窮地に立たされ、内閣支持率も「危険水域」の20%台近くにまで落ち込んでいる。あるテレビ番組でこの状況を見て内心ほくそ笑んでいる政治家は誰かを特集していたが、そのレベルの人間性しか持ち合わせていない人が次の首相の座に就くことは国民にとって悲劇だ。

「他人の不幸は蜜の味」。この誘惑から人はなかなか逃れられないが、たとえ自分にとって不都合な存在と思える人でも、少し見方や考え方を変えれば全く違った存在となる。釈迦に仇なす提婆達多を親鸞聖人は「権化の仁」と呼んだ。提婆達多がいたからこそ、釈尊の真実の教えが説かれたというのである。私利私欲、自己中心の物差しを捨てれば、自分にとって本当に不都合な人や敵などこの世にはいないはずだ。