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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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根本にある問題は 宗教的現象の現れ方

2017年8月9日付 中外日報(社説)

テレビ局がインターネット上の情報、特にユーチューブの映像を利用する割合が増えた。ネットに登場し、多くの人が知っている出来事が、数日してテレビ番組で紹介されることもよくある。取材源にネット上の情報を使うのは当然だろうが、ネット映像の二番煎じが増えればテレビ界がネットに依存しているという印象が強まる。

テレビ局には独自の蓄積があるはずだ。過去の膨大な映像や番組作成のための資料・データもその一つ。お蔵入りになった貴重な映像もあろう。それを活用すれば、新しい出来事にも過去の教訓を生かした番組ができそうだが、そんな努力もあまりうかがえない。むしろユーチューブあたりがそうした編集を試みていたりする。

リアルタイムで起こっている出来事に対処していく際に、これまで起こった出来事をどう関係づけて考えるかは、マスメディアだけでなく、宗教界にとっても大きな課題である。次々と新しく起こってきた問題のように見えても、たいていは似たような問題を過去にも見いだせる。

ネット時代になって、今まで生じなかった形の宗教問題が生じているのは確かである。バーチャル参拝などはその一例だ。どこかで起こった宗教関連の出来事が、あっという間に世界に広まるのも新しい現象といえる。IS(「イスラム国」)のテロ報道があれば、かつては大半の日本人が名前さえ知らなかった国で何が起こったのかに関心が集まる。

他方、社会では似たような宗教的問題が人々の心に繰り返し迫ってくる。個々人にとっての宗教的な関心事は、四苦八苦という捉え方を持ち出すまでもなく、時代が変わっても、そう変わらない。

グーグルがマインドフルネスを採り入れたというニュースを耳にすれば、最先端IT企業と宗教との新たな関わりという形で捉える向きもあろう。しかしその瞑想法は、古代の仏教に起源を持つとされる。心の平安を求めるのは、いつの時代にも同じだ。また宗教の儀礼や修行を採り入れることで、生産性の高い企業人を育成しようとする例と理解しても、これまた昨日や今日の発想ではない。

日々の情報にだけ目を向けていると、あたかもこれまでとは異なった問題が次々と生じているような錯覚をもたらしやすい。多くの人々と向かい合う宗教家は、それに惑わされず、基本的問題が何で、現代はそれがどういう形をとってあらわれやすいかを見極められる立場にいる。どう見極めたらいいかを、宗教家相互が確認し合う場を増やすことも大事である。