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北朝鮮「国難」論 融和への道筋を閉ざす

2017年10月4日付 中外日報(社説)

「会ってみれば、普通の親しみやすい人たちです」と、北朝鮮で東京の男女大学生3人が語っていた。2007年、北朝鮮を人道支援する日本のNGOが平壌の外国語大に日本語教材を贈る事業に参加し、同大の学生や郊外の農村家庭で交流した上での感想である。

北朝鮮への日本の国民感情は拉致と06年の核実験で一段と険しかった。だが、どの国も民衆レベルでは、幸せを求め懸命に生きる人々の営みがある。その当たり前のことが、憎しみ合っては見えてこない。3人に同行した筆者も、そのことを強く印象づけられた。

その後、北朝鮮は金正恩体制に移行し、個人崇拝から恐怖政治の国へと様相を変えてきた。核・ミサイル実験の成功を民衆が一糸乱れず祝う姿にも違和感がある。しかし、それらの人々も家庭に帰れば普段の生活があり、戦争などは望んでいないだろう。この異形の国には、国家の指導層と国民を分けて捉える視点が要る。

一方、日本にとっては地政学的な条件が死活的に重要だ。

地球儀を上から見る。広大な太平洋の彼方にある米国は遠く、逆に一衣帯水の東アジア諸国の近さが視覚で分かる。

北の核・ミサイル危機が拡大する中、武力行使の選択肢を否定しない米国をイソップ物語『北風と太陽』の北風、日本は米国の陰から大きなうちわでその北風を旅人に吹き付ける役どころ、と評した地方紙があった。危機を「国難」と断じ、トランプ大統領に追従し対話まで放棄して「圧力」一辺倒の安倍政権を皮肉ったものだ。

「国難」とまで言うのは、解散の口実と総選挙を有利に運ぶ便法だろう。以前も触れたが、ナチスのゲーリングは「国民を戦争に導くには外国から攻撃されつつあるというだけでいい」などと有名な言葉を残した。その意図をくんで「戦争」を「政権」と置き換えてもいい。彼はさらに「この方法はどんな国でも有効だ」と言った。北朝鮮は究極のモデルといえる。

外敵の脅威をあおると政権の支持率が上がることが多いが、過ぎると世論が暴走し、後戻りできなくなる。

北朝鮮への制裁をめぐって韓国も対話の道だけは閉ざさない。それに比し米国以上と指摘される日本の強硬路線は際立っており、欧米では日・米と北朝鮮との緊張激化で戦争の可能性さえ危惧し始めているという。犠牲は北朝鮮と韓国ばかりか日本も被る。近隣国として慎重さが必要だ。

私たちは、かつて経験した破局への歩みを、今また漫然と傍観しているのではないだろうか。