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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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「寺院消滅」の時代に 私たちにとって寺とは何か

2017年10月27日付 中外日報(社説)

2011年5月。東日本大震災の大津波で本堂が壊滅的被害を受けた仙台市の寺院の住職に会った。海岸から約2キロに立つ同寺は山門や鐘楼が流され、本堂と会館の内部や境内には津波に流された車や大量のがれき、土砂が流れ込み、多くの檀家とも連絡が取れなくなった。

震災直後は「寺をやっていくんだ」という気持ちにはなれず、住職の心の中の時計は「3・11午後2時46分」で止まったままだった。

その時計の針を少しずつ動かしてくれたのは全国から駆け付けたボランティア、特に大学時代の友人や仲間たちだった。彼らの手で本堂や会館、そして境内を埋め尽くしていたがれきが取り除かれ、震災から約2カ月後、ようやく常例の法座が再開される日に住職はこう言った。

「寺の建物はいつか再建できる。大切なのは人です。今はとにかく僧侶として愛しい人たちを突然に亡くした人たちに寄り添おうと思います。それこそが私にとってはお寺だと思うのです」

この言葉を聞いた時、「寺」とは何かということを改めて考えさせられた。

それまで「寺」というとまず思い浮かぶのは、本尊を安置した本堂を中心に庫裡や会館、山門、鐘楼、そして経蔵などの諸堂宇が立ち並び、そこで法要や儀式が執り行われる様子だった。

童謡「夕焼け小焼け」に歌われる寺のように「寺は一つの風景」として心の中にイメージされていたように思う。しかし、外形的に寺というものを捉えている限り、寺が持つ本質的な役割は見えてこない。

「寺院消滅」の危機が叫ばれ、少子高齢化やそれに伴う過疎化によって農山村や地方都市の寺院が今後数十年後には消えていくかもしれないとされるが、都市部の寺院や各教団の本山であっても「形あるものはいつか滅ぶ運命にある」といえなくもない。

しかし、悩みや悲しみ、苦しみを抱える人たちに寄り添おうという僧侶が一人でもいる限りは日本の仏教の教えは滅びることはないし、そのようにして教えが生き、受け継がれていく場を「寺」と呼ぶならば、その寺は消滅することはないであろう。

寺の字源は「ものを手に持つ」とされる。「持」のつくりに「寺」の字が用いられているのはその名残だ。今、最も寺に必要とされている「もの」とは、立派な伽藍や法宝物ではなくて、人々と共に歩もうという志を持った僧侶ではないだろうか。