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「業績主義」の陥穽 学術力低下を招いたもの

2017年11月29日付 中外日報(社説)

日本の科学・学術の力の劣化が懸念されている。2000年から15年の間に物理学や化学、工学の領域で発表された論文の数は、米、英、独、仏では1・2から1・5倍程度、中国は数倍から10倍にも及ぶ伸びを示しているが、日本では減少、良くて横ばいである(松尾由賀利「学術情報の現状」『学術の動向』17年9月号)。

日本では研究者の置かれている状況が悪化し、研究に充てることができる時間が減少している。大学教員は教育・研究の効率を高めるための仕事がますます増えているが、競争圧力を強めているとしても、業績の向上にはつながっていない。大学院生や若手研究者もかつてほど、良い環境で研究に取り組むことができなくなった。

行政は業績主義を強める方向で研究環境を改めようとしてきたはずだ。ところが実際に起こっているのは、手近な成果を示すために力を注ぐあまりの疲弊である。じっくり長期的に研究に取り組む姿勢の後退や、研究環境における信頼感やモラルの弱体化が引き起こされたようにも感じられる。日産のような企業の手抜きによる失態と類似したことが起こっている。

「正義と倫理をもった地球市民として活躍できる人間の育成に努める」との理念を掲げるある私立大学では、障害の悪化で欠勤せざるを得なかった教員が同僚教員に脅された事件が発生した(『京都新聞』17年11月6日)。授業をしないのに研究室にいるのはけしからんと竹刀を持って押し入ったという。研究業績を挙げ授業も必死にこなす他の教員たちに迷惑だから懲らしめるというのだろうか。

障害があり逃げることができない同僚の女性教員の研究室に、竹刀を持って入り込み脅すなどという行為は言語道断だ。さらに問題なのは、被害者が5年経過した後も職場復帰に困難を覚えているという事実だ。大学が仕事をよくこなす教員を優遇するのは当然だろうが、弱い立場の教員を排除するような措置を取るのであれば情けない。企業が社員に過酷な労働を強いて死に追い込まれるような事件が起こり厳しく批判されてきたが、大学でもそのような事態が生じているのではないか。

日本の研究機関は業績主義を強化しているはずなのに、むしろ業績が落ちているのはなぜか。業績主義や競争の過酷化が研究ポストの減少と相まって、見せかけの業績達成に追われ、大学教員や研究者相互の信頼感を低下させているのではないか。大学や科学・学術研究に関わる行政がそんな事態を招き寄せているのではないか。よくよく省みるべき時である。