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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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「悟り」の日に寄せて 原子力問題と信仰者

2017年12月8日付 中外日報(社説)

「豊かじゃないが楽しかった」。6年半も空のままの牛舎で酪農家が肩を落とす。村の活性化にと地区総出で作った観光ワラビ園は高放射線量の荒れ地になり、「長年肥やした畑の土も全部、剥ぎ取られて汚染土の袋ん中だ」と農家の主婦。東京電力福島第1原発の事故で全村避難を強いられた福島県飯舘村のその後を記録したこの映画「奪われた村」を上映し、市民で原発・原子力の問題点を考える大集会が大阪で開かれた。

主催団体の共同代表である福井県小浜市の中嶌哲演・明通寺住職は「悲惨な事故にもかかわらず再稼働など原子力の国策が暴走するのは、フクシマの風化が背景にある。それは電力大消費地と過疎の立地地元という原発自体の差別構造による都会の圧倒的多数の無関心です。宗教者として黙ってはいられない」と集会で訴えた。智慧の菩薩名を冠した高速増殖炉「もんじゅ」が大事故を起こした12月8日が、釈尊が悟りを開いた成道会の日であることを挙げ、「冥府の王の名のプルトニウム増産への道ではなく、お釈迦様が説かれた全ての生きとし生けるものが共存できる道を」との言葉に、反対運動が僧侶としての信仰に基づくことがうかがわれる。

同日は太平洋戦争の日米開戦日でもある。集会では原子炉はそもそも核兵器を造るために米国で開発された経緯も示された。だからこそ原発をあえて「平和利用」と言い繕う必要があったのだが、世界的にはどの国も原発と核兵器転用はセットと見られるのが常識だ。住職はこれにも「いのちに拠って立つ仏教の立場からは戦争に絶対に反対すべきで、その教えの具現でもある憲法9条を国民と手をつないで守るために僧侶として率先して働きたい」と述べた。

奈良県天理市では市民団体による原発問題公開講座が開かれ、新潟県巻町(現新潟市)で東北電力の原発計画を34年間の反対運動の末に、日本初の住民投票で2003年に白紙撤回に追い込んだメンバーの高嶋道興・天理教千賀分教会長が講演した。誘致推進派町長の辞職という運動の転機も「もんじゅ」事故だった。教会長は原発が政治や経済の底なしの“欲望”の論理で推進されていることを指摘し、「人間が陽気暮らしをするためには欲を離れるしかないと親神様が示されたように、いのちを守る自然の摂理で反対し続けた」と、やはり信仰が支えだったことを明かした。そしてこう強調したのが印象的だった。「人々の幸せは、社会問題への取り組みなしにはあり得ない。それが世の人だすけという教えだと悟ったのです」