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宗教の課題 人間の内面の自覚と表現

2018年1月17日付 中外日報(社説)

時代や国の営為には軍事、政治、経済、文化の諸面があるが、大きく見ると、文化の隆盛が最後に来て次の時代への橋渡しとなる傾向がある。歴史の節目が比較的明瞭なヨーロッパでは、古代末期のギリシャ、ローマがそうで、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、ウェルギリウス、キケロらを中心とする古典的文化が形成された。中世末期から近世初期にかけては、シェークスピア、ゲーテ、カント、ベートーベンらが知られている。

日本のように外国の影響下に発展した国は様子が異なるが、激動が一応収まって次の変革期を迎える平安時代、室町時代、江戸末期には特徴的な文化が形成されている。明治維新の変革が一段落して軍国主義が興る前の一時期には漱石や芥川らに代表される作家群が現れた。

しかし大きな流れとしては、近代を特徴づける市民革命、産業革命に続く二百数十年は軍事、経済、政治が文化や宗教に優越して世を動かしているように見える。その大きな原因は技術革命が途切れることなく進行して軍事、経済、政治を牽引していることだろう。工業面を見ても、蒸気機関、内燃機関が発明され、電気力、原子力が応用され、コンピューターの進歩に伴って、中心は製造から通信へと推移し、経済の中心も金融業へと移行した。

この流れはとどまるところを知らず、グローバル化して世界を動かしている。宗教や文化の劣勢に関しては、我が国の政府は国立大学には文系の学部は不要だと言い出す始末である。この流れはまだ当分続くだろう。

それでは文明と区別される文化は衰亡するばかりかといえば、そうは思われないのである。問題の中心は人工知能の出現にある。人工知能は人間にできることは代行可能、凌駕可能だと思われている。そこで人間とは何かが改めて問われることになる。実は、人工知能は自我の知性より有能だ。しかし、人間の人間たる所以は自我の知性ではなく、より深いところにある。これまで文化や宗教は、そこを発掘し深めてきたのだが、まだ十分とはとても言えない。

自我の知性は外的世界を認識し変えてきた。しかし人間の内面の自覚と表現は、現代的な自我には、まして人工知能には不可能である。従って、やがて人々の関心が文化つまり人間の内面に向けられる世が来るのかもしれない。

そのためには、文化、特に宗教は伝統を脱却して現代人に訴え得るような、新しくより深い地平を開発しなくてはならないだろう。