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体細胞クローン猿 研究開発にも宗教倫理が必要

2018年2月16日付 中外日報(社説)

中国で先頃、体細胞クローン猿を誕生させたという報道があった。霊長類での体細胞クローンは世界初である。クローン猿の成功は医療研究に有益だと中国の研究チームは主張するが、人間にも応用可能な技術だけに、クローン人間の作製につながる危惧もある。

近年、中国の医学研究の進展は目覚ましい。ただ、どの程度丁寧な生命倫理の議論を踏まえた上で研究がなされているか、一抹の不安を拭い切れないものがある。公式には無宗教を標榜し、言論も統制下にある中国では、研究開発には政治的意向が強く働いている。今回誕生した2頭の猿に、中華の名を冠した中中、華華と命名したことから分かるように、国の威信を懸けて進められている。

2015年に早くもヒト受精卵でゲノム編集を実施し、16年に初めてゲノム編集を人間の患者に適用したのも、やはり中国であった。中国はゲノム編集を国の5カ年計画に組み込み、積極的に推進している。安全性や倫理面の課題の故に、厳しい規制をかける欧米諸国とは対照的である。なお日本では、昨年12月にヒト受精卵のゲノム編集を基礎研究に限って認める報告案を政府の専門部会が公表した。条件は厳密で、不妊治療の際の余剰受精卵にのみゲノム編集を認め、改変した受精卵を子宮に戻すことは禁じている。

遺伝子や受精卵の取り扱いは、人間生命の根幹に関わる問題である。いのちの改造にならないよう、慎重の上にも慎重な議論を重ねることが不可欠である。ただ単純に医療に貢献できるという理由で、研究開発や臨床応用をなし崩しに進めていけば、いのちへの畏敬の念が希薄になり、人間の身体が手段化・道具化されるという恐れが生じる。

生命倫理を考えるに際しては、世俗的ヒューマニズムだけではなく、宗教倫理の視座も欠かせない。宗教倫理は宗教の持つ超越的価値観を拠り所として、人間としての行動の筋道を説くものである。その根本の姿勢はいのちに対する謙虚さである。かつて脳死臨調の答申が出された1992年前後、脳死・臓器移植をめぐって日本では国民の間に広範な議論が巻き起こった。宗教界でも、それぞれの教えの死生観や救済観に基づく宗教倫理が議論され、発信された。こうした宗教倫理のおかげで生命倫理の議論はより深められたものになった。

いのちの根幹である遺伝子や受精卵が人為的操作の対象になっている今こそ、宗教界からの発言や発信がいっそう求められるところである。