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宗教と幸福 人を幸せにするためには

2018年2月23日付 中外日報(社説)

幸せは主観的なものであり、人それぞれで尺度が違う。数量的な測定にはなじまないが、例えば国連と米国コロンビア大による世界幸福度報告は、1人当たりのGDPや健康寿命、社会の腐敗度など6項目を数値化し、国・地域別の幸福度をはじき出している。それによると日本は155カ国・地域中51位(2017年)だという。

このランキングに信仰の要素は直接には反映していない。しかし、宗教の立場から見ると、幸福には信仰が深く関わってくるはずである。信仰を持つ人だけではなく、その周辺の人々や社会全体にも波及し共有される幸せを、信仰がもたらすかどうか……。

学問的研究のテーマにはなりにくい「宗教と幸福」にアプローチを試みたのが最近刊行された『しあわせの宗教学』(法藏館)だ。

編者の櫻井義秀氏によれば、豊かさ(満足感)は幸せ感を説明する一要素でしかない。幸せ感と1人当たりGDPとの相関が高まったのは過去200年間では20世紀の中・後半という一時期の現象であるという。では何に注目して幸せを測るか。同氏は最近よく用いられる「ウェルビーイング」の向上という観点から論じる。

ウェルビーイングは一般には身体的・社会的・精神的に良好な状態を指す。老や病、死は身体的に良好ではなく、幸福感を損なうはずだが、「死」が視野に入ってからそれまで以上に充実した「生」を生きる人もいる。櫻井氏は「ウェルビーイングにおいて最後に考えるべき論点は、死と幸せだろう」と指摘する。それはウェルビーイングの本質に関わる部分であり、まさに宗教の領域である。

日本の宗教は歴史的にウェルビーイングに寄与してきた。世俗化に伴い活動領域は狭まったが、現代社会においてなお、宗教が社会の幸福度上昇に寄与できる領域として、同氏は子どもの社会的育成、地域社会のセンターとしての役割、傾聴活動などを「生老病死への気づき」と共に挙げる。

社会の高齢化が進み、社会保障や行政の福祉が限界に直面する一方で、宗教がこうした活動を活発に展開できない現実は、「しばらく使わなかった車のバッテリーがあがってしまった状況」に例えられている。

宗教が組織を活性化し、現代社会において存在感を高めるために何ができるか――同氏は宗教者自らが、まず「宗教は人をどのくらい幸せにできるかという問いに答えていくこと」だ、と「素朴」な提言を行う。

当たり前のようだが、改めて強く意識する必要があるだろう。