ニュース画像
倒壊した浄土真宗本願寺派法城寺の鐘突き堂(むかわ町)
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

動物と人間のキメラ 倫理、宗教から検討が必要

2018年3月23日付 中外日報(社説)

「動物性集合胚」を動物に着床させ出産させる――今年1月、文部科学省の委員会(科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会の特定胚等研究専門委員会)でこれを認める決定がなされた。

「動物性集合胚」とは何か。

動物の胚、つまり受精卵(胚)の中に人間の臓器などができるもとになる細胞を埋め込んだものだ。今、取り掛かろうとしているのは、ブタの胚にヒトのiPS細胞を入れる。その胚をブタの子宮に着床させるとブタの中で人間の組織が形成されていく。それが産まれるとは、ヒトが混じったブタの誕生を意味する。

このように異なる種の細胞が混じった生物を「キメラ」と呼ぶ。「動物性集合胚」は「ヒトと動物のキメラ胚」である。その「キメラ胚」を着床、出産すればキメラが産まれる。今、産まれるのを認めようとしているのは、「ヒトとブタのキメラ」だ。

何のためにそうするのか。ヒトの臓器を動物の中で作るのだ。

Aさんの体細胞から作ったiPS細胞をブタの胚に入れれば、Aさんの遺伝子を持った膵臓や心臓がブタの中でできてくる可能性がある。それができれば、Aさんの心臓が機能しなくなったとき、ブタの中にAさんの遺伝子を持った心臓を作り、Aさんに移植できるだろう。

同じ遺伝子だから拒絶反応がなく、免疫抑制剤を投与しなくてもよい臓器移植が可能になる。また、膵臓を作ることができれば、糖尿病の根本的治療が可能になるかもしれない。

だが、ヒトと動物のキメラを作るということに倫理的問題はないのだろうか。

心臓や膵臓に限定してヒトの細胞が広がればよいが、他の人体組織に広がっていく可能性を否定できない。神経細胞(脳はその集合体)に広がればどうなるのか、腕や顔に人間の要素が出てくる可能性はないのか。

特定胚等研究専門委員会はヒトと動物の「外見を持つ」動物ができる「可能性は極めて低い」と判断したという。

だが、「動物とヒトのキメラを作ってよいかどうか」というような倫理的論点が宿された問題について、このような委員会で判断してよいのか。人のいのちの尊厳に関わる重大な論題ではないだろうか。

「いのちの尊厳」に関わることは、宗教や哲学や倫理の観点から考えを深めることが重要である。科学者にも、政治家や官庁にも、そして人文社会系の学者や宗教者にも、この認識が必要である。