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重い7年の歳月 拭えぬ原発事故の罪

2018年3月30日付 中外日報(社説)

「7年は長い。でも月日がたつのがとても早い」。東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故でいまだに避難を余儀なくされている福島県浪江町の住職の言葉だ。ほぼ全檀家が、近隣の仮設住宅だけでなく各地に避難して離散した。避難指示が解除された地区でも、津波で一帯が壊滅した危険地域として家を建てて戻ることはできず、そこらじゅうが空き地だった。

生活も仕事も原発事故に奪われたまま長い年月が過ぎたため、避難先で住居を定めて暮らしを立てる人も多いのだ。離檀も何軒かあるという。

そんな状況で、「復興」の掛け声で道路や防波堤などモノの整備ばかりが進む半面、「心が明るい人はほとんどいない」と住職は明かす。出身地域の違う住民が入る災害復興住宅では近所付き合いもなく、はや孤立の問題が顕在化している。住職の1歳下の知人が自死した。事故前は鉄工所など地元向けの仕事を手広くしていたが、福島市に避難させられてからはまともな職がない。賠償金で生活する避難者に冷たい目が向けられることもあり、避難先で父親が亡くなると、その通夜の夜に自ら命を絶ったという。

同様に避難指示が解かれても住民の姿がほとんど見えない南相馬市内の寺院の住職は、檀家との関係が徐々に希薄化する危機感を抱いている。かつては子供らが境内で遊び、花まつりや子供会に来て寺に親しみながら成長した。避難先で生まれ育ってそんな機会は全くなくなり、「親の代はまだつながりがあるが、あの子らが大人になって檀家が世代交代するとどうなるやら」と住職は言う。

一方で僧侶の仕事は激務が続く。避難先に転居した浪江の住職は、傷んだ寺の維持に車で2時間近い道を通う。自死した友人の葬儀で導師を勤めたのも、このような状況だからこその宗教者としての意義深い任務だったろう。「毎日、何かに追われている気がする」。遠くに住む檀家の法事一つでも、自坊で行っていた以前なら即決できた日程が、遠方の会館確保や移動を考慮に入れると段取りに1日かかり、当日も往復に何時間も要するので丸1日費やす。

原発事故が人々のつながりや心をずたずたにする中で、地元の宗教者には重く苦しい責務がのしかかる。寺の再建でも“東京五輪需要”による資材や工賃の高騰が足を引っ張り続ける、と南相馬の住職は嘆く。「事故はまだまだ収束していない。被災地復興をオリンピックの飾り文句にしてほしくない」という悲鳴のような言葉に、しっかり耳を傾けたい。