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シェアハウス問題 人と人との距離感も大切

2018年6月1日付 中外日報(社説)

シェアハウスとは、一つ屋根の下で、同じ世代や志向を持つ入居者たちが各自の部屋を持ちながら、台所やリビングを共有して住む新しい住まいの形式である。礼金敷金が不要、家具付きで即入居可ともあって、近年注目を集めている。若い世代や長期滞在の外国人の間で流行し始めたが、主に高齢女性を対象としたシェアハウスも造られている。何より高齢者にとっては、独り暮らしの寂しさや孤独死の防止にもなるのである。

しかし現実はそう理想通りにゆくものではない。話を聞くと、騒音やごみ出しなど、共同生活のルール違反のほか、プライバシーの侵害や盗難、人間関係のあつれきなど、入居者同士のトラブルも少なくない。シニア向けのシェアハウスの場合、認知症や介護が必要になったときの対応が未整備だったりする。そんな中、供給過剰になって経営破綻したシェアハウス販売会社も出てきた。

入居者の私的な領分と相互の交流のバランスはどう取ったらよいのか。「ヤマアラシのジレンマ」を引き合いに出すまでもなく、どんな人間関係にも一定の距離感が必要である。シェアハウスでの人間関係の問題は、家族関係や近所付き合いの問題の中間にあるようだ。これはまた、宗教的な共同生活を考える際にも重要な問題を投げ掛けるものである。

寺院や教会などの場合、住職や教会長の家族のプライベートな空間と、檀家や信者たちの集う共有空間とを、いかにバランスよく按排できるかという問題がある。信者らが長期間宿泊できる居室があっても、台所や浴室、トイレ等を共有するというのは、現代人にはなかなか難しい。「拡大家族」を標榜するある新宗教系の教会では、相互にプライバシーが保てず、時に教会家族に心の病を発症するケースも間々ある。

人間関係の距離感の取り方に、これが正解というものはない。多種多様な人たちが救いを求めて宗教施設にやって来る。彼らと出会い、彼らを迎え入れるのも縁のなせるものである。各寺院や教会の規模や在り方、また住職や教会長の運営方針によって、様々な受け入れが考えられるだろう。

宗旨に基づく集中的な修行期間などは別だが、日常的にはある程度の物理的な「垣根」もあった方が良い。そのような垣根があることによって、逆に不必要な心の垣根をつくらずに、お互いに交流を図ることができるのである。人は孤立しては生きていけない。しかし各人の私的領域を大切にしてこそ、人は人間らしく生きていくことができるのである。