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社会常識と逸脱 水増しは何のため?

2018年6月13日付 中外日報(社説)

ある教団が最近、新作の映画を公開した。教祖の自伝的要素があるといわれている。「出家」して、教団から法名をもらい話題となった女優が出演しているため、関心を抱いた人もいたようだ。

観衆の様子を自ら映画館に足を運んで調べた人がいる。「やや日刊カルト新聞」主筆の藤倉善郎氏である。同紙はウェブ上で発行される新聞だ。彼がそこで確認したのは、満席とされていても1~2割の空席があったり、信者らしき人が繰り返し映画を見たりする光景だ。同じ人が何度も見ると、「ぐるぐる回転菩薩」と尊敬の念で呼ばれるのだと述べている。

藤倉氏が目にした光景は全国の上映館の一部にすぎない。しかし、これまで上映されてきた同教団製作の映画でも、信者たちが一人で何枚もチケットを買っていたことは広く知られている。チケットを無料で何枚も信者からもらったという人も少なくない。

それで観客数は水増しされ、反響が大きかったということになるが、「水増し」は、宗教界ではさほど珍しくない話だ。例えばある教団の支部長が機関誌を会員に配る数よりも多く自費で購入することがある。神職が神宮大麻を実際に配るより多く受け取り、配れなかった分は自分で負担するというような話も聞く。

少し次元は異なるが、信者数を水増しして公称信者数を発表するのは、むしろ一般的である。正確な把握が難しいという事情はさておき、やはり多めに発表したいというのは人情であろう。

信者数の水増し報告は、それで誰かが経済的負担を強いられるわけではないが、一人で20枚も30枚もチケットを購入させられるというようなことが毎回行われるような場合には、信者には少なからぬ経済的負担がかかる。本人がそれで教団に貢献していると思っているのなら、良いではないかという意見もあろうが。

しかし、宗教だから特別の価値観が認められていいと人々が考える領域は、現代ではどんどん狭くなっている。「宗教界の常識は世間の非常識」とでもいうような思考・行動があれば、厳しい目が注がれる。ジェンダー問題、パワハラ問題、セクハラ問題でも、宗教者だからといって特別扱いされることはない。

映画製作や機関誌発行は宗教的行為の一環であるといえるが、経済的負担を伴う水増し行為まで宗教的信念の問題とすることが、社会的に受け入れられるとは思われない。どこまでが許容範囲かは社会一般の通念が十分考慮されてしかるべき時代になっている。