ニュース画像
敬白文を読み上げ決意を示す菅管長
主な連載 過去の連載
エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

納得できぬ説明 問われる政治のモラル

2018年6月15日付 中外日報(社説)

5月26、27日に行われた毎日新聞の全国世論調査は、学校法人「加計学園」の獣医学部新設をめぐる安倍晋三首相の説明が信用できるかどうかを問うた。愛媛県文書では、2015年2月に同学園の加計孝太郎理事長と面会して説明を受けていたと記載されている。一方、安倍首相は学園の構想を知ったのは17年1月だったと説明している。これは信用できるのか。「信用できない」との回答が70%で、「信用できる」は14%にとどまった。「信用できない」が「信用できる」の5倍である。

また、時事通信が4月6~9日に実施した世論調査で、森友問題での安倍首相の説明について聞いたところ、「納得していない」との回答が78・3%に上り、「納得している」は11・0%にすぎなかった。首相の説明に「納得していない」という答えが「納得している」という答えの7倍である。国民の多くは、首相が自分自身や身内を守るために真実を語っていないと考えているということである。このように首相が国民に信用されていない事実が露骨に現れる事態は、異様であるというしかない。

信用されない指導者の言説に対し、周辺の政治家が「真実を明らかにせよ」と言わないのも不思議だ。その代わりに与党の指導者らは「説明責任を果たすべきである」と言う。だが、これまで「信用できない」とする多くの人々を納得させ、説明責任を果たそうとした努力の跡は見えない。信用される説明ができないまま、責任ある地位にとどまり続けるのはどのような意味があるのだろう。

首相周辺の有力者たちはなぜ国民の不信感を直視しないのか。義を見てせざるは勇なきなり、である。指導者の権力から自分が受けている恩恵を守りたいのか。それは公正な姿勢とはいえまい。

森友・加計問題で次々と隠されていた事実が明らかになっていくのと同じ頃、大学のアメリカンフットボールで「反則タックル」事件が起こった。指導者(監督)の指示が大きく影響したかどうかで、反則を犯した選手と指導者の発言が食い違った。指導者の発言は自分を守り、選手に責めを帰するもので信用を失った。そして指導者は所属大学の常務理事の地位をも辞さざるを得なくなった。

政治家はモラルに反することを続けても、選挙で支持を得られればその権力は正当だ――首相だけでなく閣僚や与党の大多数がそう考えているのだろうか。主権者教育や道徳教育が強調される中、これは決定的に悪い教材を提供することになりそうだ。