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前田枢機卿に進言 やり直しのきく人事を

2018年6月20日付 中外日報(社説)

白柳誠一枢機卿の死去から9年間の空席を経て、このほど6人目の日本人枢機卿に選任されたカトリック大阪教区の前田万葉大司教に進言したい。司祭(神父)の士気を高めるために、敗者復活の道を開いてほしい、と。

1975(昭和50)年から81年にかけて、秋田県の女子修道会の聖堂に安置された木彫りのマリア像が、101回にわたり涙を流したと伝えられた。聖母マリアに関する奇瑞譚の乏しい日本だけに、このマリア像には病気平癒を祈るなど、巡礼者が殺到した。

修道女の信仰指導役として修道院に配属されていたA神父は新潟教区司教の許可を得て、その経過を著書にまとめた。

ところが日本の司教団は、この出版を喜ばなかった。他の宗教団体との協力関係を広げようとする矢先、カトリックが迷信めいた信仰を引きずっていると見られたくないと考えたらしい。87年、A神父は直ちに新潟教区を離れるよう命じられた。

A神父はその後、閑職に追いやられ、ミサの司式をする機会を与えられぬまま2013(平成25)年、97歳で死去した。

A神父が左遷された後も、秋田のマリア像に参拝する信徒は相次ぎ、1992年のカトリック新聞は「秋田の聖母像に崇敬をあらわすことは禁じられていない」と報じた。司教団は落涙の奇跡を追認したことになる。しかしA神父の復権は認められなかった。

A神父の左遷人事は、やる気満々だった全国の若い神父を萎縮させた。出過ぎた行動を取って司教団の不興を買うと出世の妨げになる、と。神父を辞めて教会を去る者もいた。

以前に大阪教区でアルコール依存症になり、ミサの司式中に呂律が回らなくなった神父のB氏がいた。反省して立ち直り、東京都内にアルコール依存症更生施設を開き、社会的に高く評価された。だが司教団はB神父の“敗者復活”を認めようとせず、閑職に留めた。

日本のカトリック教会の問題点は、神父の志願者が少ないことだといわれる。やる気のある若手神父の去った教会に、若者が魅力を感じるだろうか。

バチカンは、日本の3人の大司教の中から、特に前田氏を枢機卿に選んだ。カトリック中央協議会事務局長を務め、全国の教区事情に通じている経歴が買われたのではないか。

信仰の若返りは、全ての宗教団体に共通の課題である。萎縮を招く人事は、望ましくない。俳人としても有名な前田枢機卿の一句。「初夢や青少年のミサ参加」