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オウム以後の時代 改元で封じられない問題

2018年7月18日付 中外日報(社説)

オウム真理教の教祖だった麻原彰晃・元死刑囚ら7人の刑の執行で、改めてオウム問題がマスメディアに大きく取り上げられている。テレビでオウム問題が集中的に議論されるという現象は一過性のものだろうが、多くの人々が指摘するように、オウム真理教の犯罪が投げ掛けた問題は解決したわけではない。

報道によれば、政府関係者らは「平成の事件は次の時代に持ち越さない方がいい」と語っていたという(時事通信など)。天皇陛下の退位が来年4月30日と決定していることを踏まえた言説である。

麻原らの活動は昭和50年代後半に遡るが、教団による最初の殺人事件は元号が平成に変わった直後だ。平成の事件とする意味は分かるが、オウム真理教問題を元号で区切るのは、様々な政治日程を考慮し、国民に対する心理的影響を測ったものだろう。報道が誰の発言かはともかく、そこには極めて政治的な思考が働いている。

しかし、死刑執行という法的問題だけならともかく、オウム真理教事件それ自体を、政治的思惑通りに「次の時代に持ち越さない」ことなどはできない。

例えば、国民に大きなショックを与えた事実の一つに、オウム真理教の幹部の多くが高いレベルの教育を受けていたことがある。エリートとして国や社会を支える可能性があった若者たちがなぜ終末論的幻想に囚われ、大量殺人に関わったのか。一連のオウム真理教事件の中で残された個別の謎とは別に、根本的な疑問は解消されておらず、事件を生み出した国や社会の病理は解明されていない。

また、宗教界にとってはオウム真理教事件が宗教不信を加速させたことを忘れるわけにはいかない。宗教法人法が改正されたのは地下鉄サリン事件などがきっかけだ。行政による宗教法人管理強化の方向が浮かび上がってきた。法学者が国法と宗教団体の規則の対立・調整を共同研究テーマに取り上げるのは、この流れを象徴する。

オウム真理教が若者を引き付けた時代は世紀末、バブルとその崩壊などを背景として特異な精神的雰囲気があった。それは平成という元号と共に語られ続けるだろう。しかし、社会の病理構造をそのままにして、オウムを「平成の事件」として封じ込めるのはかえって危険だ。麻原や幹部の処刑によって、オウム真理教という問題群が私たちの前に改めてはっきり提示されたと考えるべきだろう。

いま、私たちは「オウム以後」の時代を歩み始めたのである。オウム真理教という宗教の犯罪を事実として肩に担いながら。