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緑は青か 言葉の豊かな文化的背景

2018年7月20日付 中外日報(社説)

しばしば話題になることで、最近もテレビで取り上げられたが、交通信号の「ススメ」の色は緑なのに「青」というのはなぜか、という問いがある。日本人は昔から緑を青という習慣があったと、答えられる。しかしこの答えは不十分だ。

「みどり」には、「みどりご」や「みどりの黒髪」といわれるように、生まれたばかり、初々しい、という含みがある。「柳はみどり花は紅」(禅語)、「みどりなす はこべは萌えず 若草も しくによしなし」(藤村、千曲川旅情の歌)とあるように、「みどり」は芽生えたて、萌えたての植物の色であった。

それに対して「あお」は「青田」「青々と茂る」「あらたうと青葉若葉の日の光」(芭蕉)、「目には青葉山ほととぎす初鰹」(素堂)とあるように、晴れた空の色だけではなく、成長期の植物の色でもあった。この色彩感覚からすれば交通信号「ススメ」は緑ではなく、青に近い。「青畳」も同様である。植物の色から転じて成長期の人を青年、未熟なことを青臭い、青二才などという。日本人は元来農耕民族だから、季節ごとの植物の色に敏感で、それが色の名にも反映したのである。

ところでこの話題について、よくいわれることがある。西洋人は「日本人はどうして交通信号のグリーンを青というのだろう」と不思議がるとか、さらには日本人には緑と青の区別がつかない、などとコメントされるのである。これは論外で、早い話が北斎や広重の浮世絵、若冲や等伯の絵を見れば、緑から藍に至る色が繊細に描き分けられている。

色に関する「不当な」名称についてはこういうことがある。ワインには赤と白の区別がある。この場合「赤」は、レッド、ロート、ルージュ、ロッソ等、全て赤色を意味し、白も同様である。しかし白ワインの色は牛乳のような白ではなく、黄金色に近い淡い黄緑色だ。これをどうして「白」というのだろう。そもそも「名称」とは区別を主とするもので本質を言い当てるとは限らない。ワインは紀元前1000年近い文献にも出てくる古い飲み物だが、赤と白は製法上の区別を示すもので、色による区別ではない。

ところで「西洋人はなぜ淡い黄緑色を白というのか」とか、「西洋人には白と黄緑色の区別ができないらしい」という人はいない。同様な現象でも、日本人の場合は不審がられ、西洋人の場合はそのまま通ってしまう。おのれの特殊性にだけ敏感な思考法は、これだけではないだろう。