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震度7の闇 指標なき国の電力政策

2018年9月28日付 中外日報(社説)

本堂の地下に“戒壇巡り”の通路を備えた寺は、全国に約50カ寺あるという。“胎内巡り”と呼ぶ寺もある。その筆頭に挙げられるのは、長野の善光寺であろう。本堂左寄りに設けられた地下へ下る階段を進むと、黒塗りの壁に仕切られた狭い通路が迷路のように続いており、何も見えなくなる。手探りで進むしかない。

都市に住む現代人が「闇」を体感できるのは、このような場所だけではないか。巡り終えて地上へ出ると、今さらのように光の豊かさを感じさせられる。

6日未明、最大震度7の地震に襲われた北海道は、全域が戒壇巡りのような闇に包まれた。電力の需給のバランスが崩れ、全ての発電所が停止、ブラックアウト状態になったからだ。交通信号の消えた交差点を恐る恐る横断する車の列を、テレビが映した。

古代の人にとっては、闇を照らす光に守られる安らぎが信仰の原点でもあった。仏説阿弥陀経では「彼仏光明無量 照十方国」と阿弥陀如来の徳をたたえているし、旧約聖書創世記冒頭には「神光あれと言たまひければ光ありき。神光を善と観たまへり」(明治元訳)と記されている。

電気が止まると、光が得られないだけではない。交通機関はまひする。病院では患者の診療がストップ。牧場では家畜の管理ができない。関西のスーパーでも「北海道からの入荷がない」として牛乳の売り場が品薄になった。

その時、北海道を旅行中だったある文筆家は「たまたま名刺入れに紙幣をはさんでいたので助かった。あれがなかったらカード支払いはできないし、銀行で現金をおろすこともできず、立ち往生するところだった」(要旨)と雑誌に寄稿していた。影響は経済活動全般にも及ぶわけだ。

電器会社の古いコマーシャルソングに「みんな家中電気で動く」という言葉があった。全ての機器が電気で動く社会は便利だが、いったん送電がストップすると、旧約聖書の時代より不便な事態になりかねない。

残念ながら、震度7の北海道では電力の転換期に即応する態勢が十分でなかった。原発は停止中、燃えかす処理の道筋は未定だ。水力発電のダムには土砂が溜まり、火力発電所は老朽化し、自然転換エネルギーは十分に機能していない。北海道だけでなく、日本の電力業界全体が中途半端な状態にあるのだ。

戒壇巡りの途中の明かり窓で本尊を拝するときのような光明が欲しい。日本の電力政策には、確かな方向付けが必要だ。