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『注文の多い料理店』 現代に通じる警告?

2018年10月5日付 中外日報(社説)

宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』は不思議な作品である。人と自然界との付き合い方をモチーフに生き物の命の大切さを教える子ども向け教訓話で終わらない。拝金主義で自己中心的な主人公二人の描き方や物語の展開は、先の大戦で崩壊した日本の行く末を暗示していたという感想を聞く。さらには時空を超え、近年の時代状況への警告として今日性を帯びているという見方もあるようだ。

この作品が書かれた1921年(出版は24年)は第1次大戦後の不況で地方は疲弊し、東京との格差が進み、農村では娘さんが金で売られた時代だった。物語は、都会の「太った若い」二人の金満紳士が猟で山中深く入って道に迷った場面から始まる。空腹で困ったところに現れた「山猫軒」という西洋料理店に誘い込まれ、眼鏡や金気の物を置いていけ、顔と手足にクリームを塗れなど次々に出てくる店の奇妙な注文も二人は都合良く解釈し、やがて自分たちを料理するワナだったと気付く。

この作品は生き物の命をカネで換算する高慢な都会人に、法華経をあつく信仰し禁欲的な賢治が強い反感を抱いていたことをうかがわせる。また、貴族に憧れ出世欲の強そうな二人の紳士が、日清、日露戦争と第1次大戦の勝利で増長し帝国主義に走った日本とも重なって見えるのは確かだが、もう一つ大事なポイントがある。状況に対する想像力の乏しさだ。

二人の紳士は、空腹もあってあり得ない場所に出現した西洋料理店を怪しまず、不可解な店の注文もいい方に解釈してどんどん深みにはまり、最後は恐怖でくしゃくしゃの紙くずのようになった顔が元に戻らなくなってしまう。

賢治がこれを書いた21年は、ヒトラーがナチ党首に就任した年だった。30年代以降、ナチスは国民啓蒙宣伝相・ゲッベルスのメディアを動員したプロパガンダでヒトラーの独裁体制を確立し、ホロコーストにのめり込む。ゲッベルスの秘書だった103歳になる女性のインタビューを記録した『ゲッベルスと私』(紀伊國屋書店)は、自分は愚かでナチスの罪業を知らなかったと言い訳する女性に、愚かさや政治的無関心を盾に自己弁護することは、共に生きる社会では倫理的に罪であると評している。

この話と賢治の二人の紳士の物語に通じるものを感じるのは、身の回りや政治の動向に無関心で想像力に欠けると、危険が迫っているのに気付かず、付和雷同しがちということだ。同じことが今、日本で起こっていないか。注意しなければいけない。