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「生産性」の暴言で 「役に立つ」による排除思想

2018年10月10日付 中外日報(社説)

「LGBT(性的少数者)は子供をつくらない、つまり『生産性』がない」と暴言を吐いた自民党の杉田水脈・衆議院議員の主張を掲載した月刊誌『新潮45』が休刊に追い込まれ、論議はメディアの役割なども含めた新たな展開を見せている。8月号に載せた議員の主張に当然ながら批判が集中したのを受け、10月号で「そんなにおかしいか」という“反論”特集を組んだところ、一層批判が高まったのだ。

これは「言論、出版の自由」などとは関係がない。人権を侵害する極論への世論の批判と権力による検閲や圧力とを混同する愚は避けなければならない。主張が現実の人間を傷つけ、そのことをもって多くの人の賛同を得られないどころか非難と反発を招いているということ。その主張が本当に正しいと確信があるならば堂々と発信し続ければいいだけであって、批判に耐えられないから引っ込める、休刊するというのは、単にその程度の内容でしかなかったということを自ら示しているにすぎない。

そもそも、人間に関して「生産性」とは何か。杉田議員は同誌で「『常識』や『普通であること』を見失っていく社会は秩序がなくなり、いずれ崩壊していく」とも述べているが、この「普通」とは何か。実際のLGBT差別やそれに関する政策への杉田議員個人の無知や知恵の浅薄さはともかく、この発想は現代社会の根底にある「優生思想」につながっている。

「生産性がある」つまり「役に立つ」かどうかで人間の価値を選別する。それは「障害者はいなくなればいい」と多数の人々を殺戮した津久井やまゆり園事件の被告の言とも通じ、性的傾向や心身の障害だけでなく、人種や出身、性別や学歴、いろんな能力において「普通」ではない、「役に立たない」人を排除していくことにほかならない。

ナチスによって多数の障害者が抹殺された「安楽死政策」に、当時のドイツの司教フォン・ガーレンは「貧しい人、病人、非生産的な人がいて当たり前だ。私たちは他者から生産的であると認められたときだけ生きる権利があると言うのか。非生産的な市民を殺していいという原則が実行されるならば……病人、身体が不自由になった人すべて、老いて弱ったときの私たちすべてを殺すことが許されるだろう」と指弾した。ノーベル医学生理学賞に決まった本庶佑氏が「教科書を信じないこと」と、すぐには「役に立たない」基礎研究で“常識”を疑う姿勢を強調したのも、観点は違うが生産性とは異なる価値観の重要性に通じる。