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転機の年賀状文化 宗教観の背景を考える

2018年11月28日付 中外日報(社説)

ある新聞の読者投稿欄に「喪中はがきは不要ではないか」という意見が出ていた。平素互いにメールやスマートフォンで交流していれば、相手の家庭事情はおのずから分かるはずという論旨だった。

しかし、メールの付き合いと年賀状の付き合いは、雰囲気に微妙な差がある。しかも最近は、家族に不幸があった場合、近親者だけの家族葬で済ませる場合が多い。毎年、年賀状を交換する相手に迷惑を掛けないためには、遅くとも12月上旬には喪中はがきを出すべきだという社会通念が常識化しているのではないか。

肉親の喪に服し、慶事に関わるのを避けて身を慎む慣習は、神道や仏教の思想と共に古代から存在した。中国から伝わった儒教の小祥(一周忌)、大祥(三回忌)の影響もあり、広く定着した。

明治維新直後の1874(明治7)年には、当時の太政官が服忌令を布告、父母の場合は50日、祖父母の場合は30日などと例示し、宮参りや肉食を避ける期間の指針とした。

この服忌令は、1945(昭和20)年の終戦を機に廃止された。しかし、服喪中の者は年賀状の交換を避けるべきだなどの内容は、社会通念の常識として根強く生き残った。

数日前、あるプロテスタントの牧師から、要旨次のようなはがきが届いた。「新年のご挨拶にかえて。家族のAが何月何日、天に召されました。地上での温かいおまじわりに感謝いたします。なお、皆様からのお便りをお待ちしています」。キリスト教に服喪の思想はないはずだが、これは明らかに喪中はがきだ。日本の宗教事情の中で宣教を続けるには、こうした配慮が必要なのだろう。

では年賀状は、毎年どのくらい投函されているのか。年賀状の大部分は日本郵便発行の「お年玉付き年賀はがき」が使われる。発売枚数は2003(平成15)年の44億枚をピークに、毎年微減が続いたが、今年は一挙に約7%減の24億枚になった。

例年より大幅に減らした理由としては①昨年の1通52円が、今年は62円に値上げされた②年賀状を支えてきた団塊の世代の退職が加速した③パソコンを駆使し愛児の写真をあしらった年賀状作りの熱気がヤマを越した――などが考えられるのではないか。

衰退の気配が感じられるとはいっても、新年に1人当たり20通もの年賀状が配達されるとは、無視できない数字だ。年賀状と喪中はがきの文化が、どんな宗教風土の中で育まれてきたかを考え直すのは無駄ではあるまい。