ニュース画像
「より良い社会づくりにはヒトの特徴を知ることが必要」と説く佐倉教授
主な連載 過去の連載
エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

僧衣での運転 安全性の確認と啓蒙を

2019年1月25日付 中外日報(社説)

昨年、僧衣を着て軽自動車で県道を運転していた僧侶が、青切符を切られて反則金6千円を支払うように命じられた事件が福井県で起こった。僧侶側は僧衣姿で運転していても今まで摘発されたことはなく、承服できないと罰金の支払いを拒否しているという。

運転時の服装は都道府県別に決まりがある。福井県は、道路交通法施行細則に「運転操作に支障を及ぼすおそれのある衣服を着用して車両を運転しないこと」と規定されている。警官の判断で、僧衣がこの規定に抵触するとされたのであろう。

ささいな事のように受け止められるかもしれないが、僧侶にとっては大問題だ。また神職にとっても見過ごせない問題である。僧侶や神職は檀家あるいは氏子・崇敬者の自宅などに行って儀礼を行う機会が少なくない。僧侶であれば、お盆やお彼岸、葬儀、そのほかの儀礼があり、神職であれば地鎮祭、各種のお祓いなどがある。

誰かに運転を頼めばいいとか、儀式の場所に着いてから着替えたらいいだろうといった意見は、実情を無視したものである。地方の小さな寺院や神社では、人的にも経済的にもあまり余裕のない所もある。そうすると一人で走り回らざるを得ないのである。

この問題には仏教関係者の反論が、テレビの番組やインターネット上で幾つかなされ、僧衣を着ていても運転には支障ないことを示そうとした。中には運転どころか、こんなことまでできると、僧衣を着たままジャグリングを披露する僧まで現れた。

警官の判断が間違いとは言えまいが、この僧衣は改良服と呼ばれ、動きやすいものである。今まで、こうした僧衣が問題視されることは、ほとんどなかった。だとすると、今回の事件は何を物語っているのか。宗教者であろうと交通規則を守るのは当然で、特別視される理由はない。しかし、僧衣での活動が日常化し、近代生活に合わせて変遷していることへの配慮は、たぶんなかったのだろう。

運転していた僧侶は浄土真宗に属していたという。福井県は浄土真宗の門徒が多く、真宗出雲路派、真宗誠照寺派、真宗三門徒派、真宗山元派の4派の本山がある。そのような福井県でも、僧侶の日常活動への関心は乏しくなったということか。一般の認識が薄くなったということであろうか。

これは僧侶だけの問題にとどまらない。儀式用の装束を着て運転する可能性のある宗教団体は、互いに情報交換しながら、安全性の確認と、社会への啓蒙の両面を考えていいのではないか。