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飽和状態の私学 建学の出発点見失うな

2019年2月20日付 中外日報(社説)

大学入試の季節。受験生にとって人生を左右する試練だが、受け入れる大学側も学生募集に神経をすり減らす時期である。定員割れはもちろん、過度の定員オーバーにも私学助成金による行政サイドの圧力がかかる。

私立大学の4割が定員割れといわれる中、文部科学省は昨夏、経営悪化が深刻な私学を切り捨てる方針を打ち出した。経常収支が3年連続赤字で、借入金が預貯金や有価証券などの資産より多いという指標に該当する私学に対し専門家を派遣して、3年程度で経営改善を図るよう指導する。改善効果が見られない場合は学生募集停止や学校の廃止、法人の解散も含む経営判断を促す、というものだ。

今のところ上記指標に該当するのは20法人程度のようだが、定員割れが続く大学にとっては人ごとではない。少子化と大学進学率の頭打ちで、大学業界は過当競争状態だ。その中で生き残りを図って、需要があると思われる学部学科の再編に取り組む所が多い。飽和状態の解消には当然大きな混乱を伴うだろう。教育は国家百年の計といわれるが、需要と供給の不均衡拡大を放置した教育行政の一貫性と重みが問われる。

学校経営の環境変化は長い歴史を持つ宗門系大学も無縁ではない。宗門校の中には江戸時代やそれ以前の学林などに淵源を求めるものがあるが、明治に入って新たな歴史を刻み始めてからも、後継者育成が主な責務だった。私学令、大学令などの下、国の近代教育制度に組み込まれると、「一般ノ教育ヲシテ宗教外ニ特立セシムル」(1899年、文部省訓令第12号)という国の方針の掣肘を受け、戦時下には私立大学の統合整理という国策で存亡の危機に直面した。それでも、戦後の新制大学発足時には宗門系の大学が現在より大きな比率を占めていた。

その後、ベビーブーム、大学進学率のアップなどで宗門大学も規模が拡大したが、仏教学・宗学系学科などの学内の存在感は程度の差はあれ、ずいぶん低下してしまったことは周知の通りである。

大衆化した大学の経営環境が変化する中で、長い歴史と使命を持つ宗門校の仏教学・宗学系学部・学科はどうあるべきか。

宗門と学校との関係や、大学内での宗学系学科の位置などはそれぞれ違うだろうが、教育行政がいかに変転し、大学がその影響で翻弄されようと、建学の精神を担う学部・学科はしっかりと堅持されなければならない。そのためには近代国家の教育制度の中で、宗門後継者教育の意味を改めて明確に認識しておく必要があるだろう。