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大震災から8年 「経済復興」が全てではない

2019年3月13日付 中外日報(社説)

東日本大震災以降も国内各地で災害が続いている。災害支援活動も間断なく続けられている。それとともに、被災地の復興を喜ぶ報道もなされる機会が多い。災害からの復興に向けて応援するのは良いことだと思う。だが「復興」とは何かということをよく考えておかないと、被災者の傷を深めることにもなりかねない。

経済的な活性化が進むことが「復興」だと喜んでよいのか。多くの被災者はまだ苦しんでいるのに「復興が進んでいる」と誤った情報を伝えることにもなりかねない。被災者の中には「まだ傷は深い。この傷を忘れてほしくない。支援も続けてほしい」という思いがあることが少なくない。深い被害については隠して、それが「なかったことにする」ように感じられ、さらに深く傷つくこともある。

水俣病では加害企業であるチッソや政府・熊本県、そして医学者らが、被害を小さく見積もろうとして、結果的に被災者を分断し、地域の分断を深める結果を招いた。被害が小さい方が地域の経済にとってよい。そこで、被害者であることを申し出る人たちを「補償金目当てのニセ被害者」とそしったり、「地域の経済をつぶすのか」と非難したりするようなことが起こった。

福島原発災害でも、「復興」を喜ばなくてはいけないというプレッシャーがあるとの嘆きを聞く機会が増えた。結果として被害を訴えにくい状況が形作られる。被害が続いていることを訴えると「復興を妨げるのか」と非難が返ってくる。オリンピックが近づくにつれて、こうした抑圧状況が強まっている。

しかし、福島県では東日本大震災の震災関連死の数が突出して多いことが知られている。「震災関連死」とは地震や津波による直接の被害ではなく、避難生活など間接的な要因で死亡した人の数である。岩手県、宮城県に対して、福島県は突出して多い。従来の生活環境や交流の基盤が壊されて、移転の繰り返しや、家族と離れ離れになるなどの境遇に見舞われる人が多かった。しかも、いつ元の生活に戻れるのか、新しい生活の形をいつ得られるのか分からない。

災害の打撃からなかなか回復できない人たちのために何ができるだろう。被害の実態を把握し共有することはその第一歩だ。帰りにくい場所、住みにくい場所がなぜできたのか。なぜ、今も人は悩んでいるのか。被害を隠すことで安心を広めようとするのは、かえって人々を苦しめる。水俣病の歴史はそのことを如実に示している。