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原点に返りご恩返し

真言宗御室派総本山仁和寺第51世門跡 瀬川大秀さん(71)

2018年11月28日付 中外日報(ひと)

瀬川大秀さん

仁和寺1300年余の歴史の中で、愛媛から初めての門跡となった。舒明天皇(在位629~641)の道後温泉行幸にゆかりのある西条市の古刹・王至森寺に生まれ、幼い時から四国霊場の歩き遍路の姿を見て、大師信仰を身近に感じながら育ってきた。

周囲の人々誰もが口をそろえるのが、腰の低さと優しい人柄。茶道裏千家の千宗室家元は、遅咲き、低木として知られる「御室桜のようだ」とたたえる。

その優しさは、若い頃からの自身の苦労に裏打ちされている。小学4年、10歳の時に父の大寿・先代住職が病に倒れ、母の馨さんが16年間の看病を続けながら寺を守ってきた。「両親からは耐えるということを教えられました。どんなにつらいことがあっても、父や母のことを思えば我慢できます」。24歳の若さで住職となり、「当時、結集寺院の住職方とは親と子ぐらい離れていて、いろいろ鍛えられましたね」と振り返る。

2期務めた宗務総長時代には、仁和寺が社会的な問題で評判を落とす苦しい時期もあった。それを耐えて乗り越え、来年は総長として自身が取り組んできた創建以来370年ぶりの半解体修理を終えた観音堂の落慶法要を迎える。

「私が門跡として今ここにあるというのは、若くして住職となったことも含め、縁を頂いた全ての人々からの目に見えないおかげということを改めて感じています。決して自分の力ではありません。宇多天皇様が仁和寺を開かれたお気持ち、その原点に立ち返り、ご恩返しに努め、人々の幸せを願いたい」

(河合清治)