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元陸上競技選手 為末大さん(36)(1/2ページ)

2014年5月28日付 中外日報(ほっとインタビュー)

東洋的・禅的世界に興味

禅の精神とスポーツに関係はあるのか? 陸上選手としての経験をもとに深めた考えとは。

(佐藤慎太郎)


2001年と05年の世界陸上男子400メートルハードルで銅メダルを獲得。現在は、指導者、スポーツコメンテーターとして活躍中。

禅との出合いについて教えてください。

為末自分が感じているなんとも言い難いものが禅かどうか正直分かりませんが、その世界は25~26歳のころに、鈴木大拙の『日本的霊性』を読んで初めて知り、興味を持ち始めました。

その感覚とは。

為末これまで競技をやってきて、人から評価を受けてきましたが、結構浮き沈みがあるんですね。そういったものの不確かさ、架空らしいという感覚が大きかったんです。もう一つは、子どものころから世の中の人が何かの役を担っているという感覚がありました。例えば母親の前では「子ども」という役、友達と一緒なら「友達」という役。いったい何がどのくらい本当なのか、実は世の中は劇なのでは、という感覚をずっと持っていました。

そうした中で本には、禅というか仮初について書いてありました。正直、内容全部は理解できませんでしたが、どうも本当のことを言っているのではという直感がありました。その後、西田幾多郎の『善の研究』なども読み、ますます東洋的・禅的な世界への興味を深めていきました。

実際に坐禅の経験は。

為末一度、恐山の南直哉さんの所で坐ったことがあります。本当に入り口だけでしたが。

正直なところ、足が痛いと思いました(笑い)。ただ、静かにじっと坐っていると自分の範囲がどこまでか分からなくなるという感覚がありました。その先に、もしかすると違う世界があるのでは、と思いました。

もう一つは、スポーツ選手が経験する「ゾーン」という世界があるんですね。頭よりも体が先走っていく、気が付いたら走っている。自分がどんどん無くなっていく世界っていうんですかね。それは感覚的には坐禅に近いのではないかと。