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弁護士 大平光代さん(48)(1/2ページ)

2014年6月11日付 中外日報(ほっとインタビュー)

傷心の時、『歎異抄』響く

誰の人生にも「絶体絶命」と言えるような厳しい局面が訪れることがある。大平光代さんにとって、それは大阪市の助役時代だったという。

(西谷明彦)

弁護士 大平光代さん
中学時代にいじめに遭い割腹自殺を図る。その後、暴力団組長の妻などを経て29歳で最難関の司法試験に合格。半生をつづった自伝『だから、あなたも生きぬいて』はミリオンセラーに。

本当に波乱に満ちた半生を歩んでこられたと思いますが、これまでで最も苦しかったのは、子どものころのいじめではなく、大阪市の助役として職員の厚遇問題の解決に取り組んでいた時だということですが。

大平38歳で助役に就任したのですが、「40歳から後の人生は、私が立ち直るために支えてくれた人たちへの恩返し、世の中のために尽くす」と決めていました。だから、税金の無駄遣いは許されないと、厚遇問題の解決に寝る間も惜しんで取り組んでいました。その時です、改革に反対する人たちのバッシングにさらされたのは。

人間ってね、構えている時に攻撃されてもそんなにはこたえません。ところが、いったん立ち直って、自分は世の中のためになることをしていると自負している時は無防備なのです。

そんな時にいわれなき誹謗や中傷を浴び、「なんで、分かってくれへんの」と参ってしまったのです。

当時を振り返って「絶体絶命の危機」とおっしゃっていますが、危機をどう乗り越えられたのですか。

大平友人が琵琶湖畔に持っていた別荘に一時身を隠しました。11月ごろでしたが、ある日の夕暮れに山の中を散歩していると、夕日を浴びてキラキラと光り輝く湖面が目に入ってきました。

その光景に吸い寄せられるように山を下り、JR湖西線の近江舞子駅のプラットホームに立っていました。そこで1時間ほど湖面にじっと見とれていたでしょうか。

その時です、『歎異抄』の親鸞聖人の言葉、「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」の一節が突然、頭の中で聞こえてきたのです。