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1600羽の鳥に囲まれ美を探求する日本画家 上村淳之さん(81)(1/2ページ)

2014年12月3日付 中外日報(ほっとインタビュー)

等身大の親鸞聖人描く

故上村松園、故上村松篁両氏と続く日本画家の家系に生まれ、花鳥画一筋に描いてきた。自宅兼アトリエの「唳禽荘」(奈良市)で、320種1600羽の鳥に囲まれて、美の探求を続けている。

(武田智彦)

日本画家 上村淳之さん
故上村松篁氏の長男。日本芸術院会員。松伯美術館館長。1933年、京都市生まれ。59年、京都市立美術大(現市立芸術大)専攻科修了。84年に同大教授、99年に同大副学長。2013年、文化功労者。

2007年に西本願寺(京都市下京区)の依頼で750回大遠忌の記念に宗祖親鸞聖人の絵を描かれていますね。

上村国宝「鏡御影」の模写とオリジナルの像の2点を描きました。

私に依頼があったのは、大谷光真門主(当時)のお考えによると聞いていますが、上村家との関係もあったと思います。戦中、戦後と日本軍、駐留軍が本願寺を宿舎として利用したため、ご門主の一家は別の家に移られたが、それが京都の上村家の向かいだったのです。ご門主の家の方が兵隊に行く時には、一緒にお見送りをするなど、交流がありました。

オリジナルの絵では、等身大のものを描きました。自由に描いていいと言われたので、親鸞聖人を「まっとうな人間」として描きました。親鸞の言葉に「僧にあらず俗にあらず」とあるのがヒントになりました。僧侶と呼ばれるのを嫌がったのでしょうね。そういうことを思っている一人の人間として描きました。神格化された親鸞では面白くありません。非常に人間らしい一面を持っており、とても魅力的な方だったのだろうと思います。

上村家は真宗大谷派の門徒なのですね。

上村京都の家の仏壇には月参りで、父の命日にお坊さんに来ていただいて、私か妻が必ず家でお迎えしています。作法は学びましたが、宗派にはこだわっていません。仏壇は自分自身を振り返る場として大事にしています。

昨年、文化功労者に選ばれた際に、内定の連絡を受けたのが父の月命日で、京都の家にいました。仏壇に報告した時、初めて仏様の言葉を聞きました。父が「これからだ」と。お盆には東大谷の墓地にお参りして、唳禽荘で育てた花をお供えしています。父も花が非常に好きでした。