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マラソンで霊場巡るフォークシンガー 高石ともやさん(73)

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2014年12月17日付 中外日報(ほっとインタビュー)

歌い、ケガレ引き受ける

音楽が消費され続ける芸能界と一線を画して、京都に拠点を置いて活動してきた。二人三脚で歩み続けた妻・てるえさんを失ってから3年が過ぎた今、自ら歩みを振り返り、人生を巡礼に例える。

(丹治隆宏)

フォークシンガー 高石ともやさん
「受験生ブルース」などの話題作を生み出し、日本のフォークソング界を牽引した。30代から本格的にマラソンを始め、ホノルルマラソンには今年で連続38回出場。西国三十三所を走ってつなぎ、お寺で歌を奉納する巡礼ライブにも挑んでいる。

フォークシンガーとしての原点は。

高石今年94歳で亡くなったアメリカのフォーク界のビッグネーム、ピート・シーガーのようになりたいと思ったことが、僕の出発点です。そのころ出会ったのが民俗学者の宮本常一さんです。ある時「そうか、高石君はプロになるのか、覚悟はできたか」と聞かれました。そして「日本人は農耕民族なんだ。一日を、季節を繰り返していく。同じことを繰り返すと、心が枯れる。それをケガレというんだ。では、ケガレをどうやって祓うと思う?」と。「何でしょうね」と言うと「お祭りなんだよ。秋祭りや春祭りで節のいい歌を聞いたりすると『ああ、気持ちがいい』となって、ケガレが祓われる。そのケガレはどこに行くかといえば、君の所に行くんだ」と言われました。

「楽しんだら、どうなりますか」とも聞いてみました。すると「楽しいと言ったら、人々の心が逆流して、荒れるよ」と。宮本さんは、みんなのケガレをもらう覚悟を持ちなさいと言ったのです。今でもその気持ちでいます。

昨年9月に、修験者と一緒に吉野の大峯山に初めて行きました。断崖絶壁から身を乗り出す「覗き」の修行をしました。「お不動さんにお参りするか」というような山伏の問いに「はい」と答えていたら、突然「これからもいい音楽で、たくさんの人を救うか」と言われました。宮本さんに言われたことが、天からもう一度降りてきたようで、スタートに帰ったんだと思いました。

後になって「なんで楽しませるのでなく、救うなんですか」と修験者に聞いてみたら「君のステージを見たら、同業者のように見えた。説法しているように見えた」と言っていました。