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歌舞伎の魅力を紹介する芸能評論家・アナウンサー

山川静夫さん(81)(1/2ページ)
2015年2月18日付 中外日報(ほっとインタビュー)

知識より感覚を伝える

山川氏は学生時代に歌舞伎と出合い、今も舞台へ掛け声を飛ばす「大向こうの会」の現役。テレビや執筆を通じて伝統芸能を紹介してきた山川氏に、人前で語る宗教者にも通じる「伝え方」の秘訣を聞いた。

(山縣淳)

芸能評論家・アナウンサー 山川静夫さん
NHKアナウンサー時代には「紅白歌合戦」などの司会を務めた。フリーアナウンサー、エッセイストとして長年愛好する歌舞伎を中心に伝統芸能の魅力を伝え続ける。

神社の生まれだそうですね。

山川父は三重県の出身で神社の次男に生まれました。長男が継いだので、神社本庁の命令で静岡浅間神社(静岡市葵区)に勤務した。

禰宜からたたき上げでようやく宮司になった。國學院大出のエリートでなかったから、後から来た人に越されて、苦しい思いをしたのですよ。

だから、せめて息子には國學院大を卒業させたいと僕を入学させた。ところが学生時代、歌舞伎に凝って遊びほうけてしまい、神主にはならなかった。

歌舞伎に出合ったのは大学時代。歌舞伎に詳しい友達が2人できた。友達の指導で、今日の僕がある。学校の授業は代返で毎日、歌舞伎に通い、楽しかったですね。

自分では意識しませんでしたが、浅間神社時代から芝居とは縁がありました。静岡一の境内で、サーカスや見せ物小屋が来ると神主の権限で、ただで見せてくれる。お祭りには踊り舞台ができ、静岡の花街の芸者衆や踊りのお師匠さんがお弟子さんを引き連れて舞台に立つ。それを日がな一日見ていて、三味線の音を聴いていました。それが自分の芯にコアとして温存されていたと大学時代、歌舞伎で三味線の音を聴いて気付きました。

静岡浅間神社も伝統芸能と縁が深いそうですね。

山川神社の大祭にはNHK時代も毎年通っており、崇敬会員になっていますが、息子の世阿弥と能を大成した観阿弥の碑を寄進しました。

静岡を支配していた今川氏は能の愛好家でした。静岡に招かれた観阿弥は今川氏の氏神の静岡浅間神社に舞を奉納した15日後に亡くなり、これが観阿弥最後の舞となりました。観阿弥は芸能の始祖の最たるものですね。その最期の地ということもあってか、この頃、静岡では能が盛んです。