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NHKアナウンサーから熊野神社(千葉県)の宮司となった

宮田修さん(68)(1/2ページ)
2016年1月13日付 中外日報(ほっとインタビュー)

「阪神・淡路」犠牲者へ祈り

1995年1月17日朝、阪神・淡路大震災発生の3分後から緊迫する被災地の様子を、NHKテレビで7時間にわたって一人で伝え続けた。2003年に神職に転身。神社界、神職の発信力の必要性を訴える。

(河合清治)

熊野神社(千葉県)の宮司となった 宮田修さん

1947年、千葉県生まれ。埼玉大卒業後、70年にNHK入局。報道アナウンサーとして主要ニュース番組を担当。2003年に千葉県長南町の熊野神社の宮司に就任した。08年にNHKを60歳で退職。宮司を務めながら、神社界内外で講演活動を展開している。

間もなく21年目のあの日がやって来ます。

宮田当時47歳だった私は大阪放送局に勤務し、近畿地方の朝のニュース番組を担当していました。今でも覚えていますが「成人の日」の振り替え休日翌日の火曜日の朝で、満月の日でした。

いつものように午前4時半に起床し、5時10分に放送局に入り、ニュース原稿の下読みを終えた直後に地震が起きました。時刻は午前5時46分。アナウンサーには「地震が起きた時には、可及的速やかに放送する」ということがたたき込まれていて、私もすぐにスタジオに小走りで向かいました。

「すぐに俺を撮れ」とカメラを向けさせ、「おはようございます。今、5時49分を回ったところです。近畿地方で非常に強い揺れを感じました……」と放送を始めたのは、地震発生から3分後の5時49分05秒のことでした。

それから交代する午後1時まで7時間余り、トイレに行くことも忘れて、缶のウーロン茶1本だけしか口にしていませんでした。

17日は何か特別なことをなさるのですか。

宮田毎年この日は、犠牲者の鎮魂を祈り静かに過ごしています。私の周辺には「君は現役時代に災害の犠牲者、犯罪被害者、交通事故の犠牲者など、たくさんの不遇の死、理不尽な死を伝え続けてきた。神主になったのは、そういう人々の魂を安らかにするためではないか」って言う人もいます。その最たるものが、阪神・淡路大震災でした。

人知を超えた自然災害に対して今は、神道思想に基づいて、自然を畏れ敬うことの大切さを強く感じています。また、後世に伝え残さねばなりません。そのためにも震災のことを忘れず、私の命のある限り、6434人の犠牲者に対して「御霊安かれ」と祈り続けなければと思っています。