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世界に和食を発信する料理人 村田吉弘さん(64)(1/2ページ)

2016年2月10日付 中外日報(ほっとインタビュー)

「もてなし」は心の出合い

京都・祇園の老舗料亭「菊乃井」主人としての活動にとどまらず、和食を世界に発信するため、学術的な料理研究にも取り組む。世界を相手にするためには、科学的知識に基づく“対話の共通の土俵”が必要だと話す。

(池田圭)

料理人 村田吉弘さん

老舗料亭「菊乃井」3代目主人。立命館大卒。ライフワークとして「日本料理を正しく世界に発信する」「公利のために料理を作る」。NPO日本料理アカデミー理事長、龍谷大「食の嗜好研究センター」客員研究員など。『儲かる料理経営学~ケチな店にお客は来ない~』など著書多数。

もてなしのプロフェッショナルでもある。人を「もてなす」とは。

村田「もてなす」というのは心の作用だけでなく、形にせないかんのです。その仕方によって、その人の品格とか品位が分かる。

「もてなす」ということは「もてなされよう」と思う人と「もてなそう」という人の、両方の作用なんやね。特にもてなされようとする人に心の余裕があるか。

今みたいに全然余裕がない時代になると、「お金を払ってるからもてなされる方は何をしてもええんや」という人もいますが、その考え方は卑しい。だからお金を抜きにして全てのことを考えると、いろんなことが見えてくる。店とお客さんとか、友達同士とか、お寺の人間関係もそうですよね。

「もてなす」ということはお互いの心が合った時に初めて成立するんです。千利休祖師が豊臣秀吉を茶会に招いた時に庭の朝顔を全部切り取って一輪だけ残し、秀吉が感嘆したという話がありますが、相手の心の中に入り込まないといけない。ただ、人と人との関係が希薄になった現代では「もてなす」方と「もてなされる」方の関係は難しい時代に入っているなあ、というふうには感じますね。

いのちを支える「食」についてはどうお考えですか。

村田最近は「いただきます」と言わせない学校もあるそうで驚きます。

ちなみに「いただきます」は海外では「ありがとう」と言うことが多いんですよ。キリスト教圏では「神様、この一回の糧を与えていただいてありがとう」、チベットでは「聖霊にありがとう」などです。「ありがとう」という時点で捕食するものと捕食されるものに分かれているわけです。