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トップ> ほっとインタビューリスト> 国際日本文化研究センター教授 井上章一さん

自在に発言する論者 井上章一さん(61)(1/2ページ)

2016年5月25日付 中外日報(ほっとインタビュー)

仏教を鎖国的に捉えすぎ

「千年の古都のいやらしさ、ぜんぶ書く」と銘打った新書『京都ぎらい』は、大きな反響を呼び、22万部を突破した。専門は建築史だが、「美人」や「霊柩車」まで幅広く論じる。

(丹治隆宏)

論者 井上章一さん

1955年、京都府生まれ。京都大工学部建築学科卒業。同大大学院修士課程修了。国際日本文化研究センター教授。著書に『伊勢神宮と日本美』『霊柩車の誕生』『美人論』など多数。

新著では僧侶に対して、少し厳しい目を向けているようですが。

井上京都の寺町通に仏教書を取り扱っている古本屋があります。そこで、お坊さんの格好をしている西洋人が経典を読んでいる光景を、時々見掛けることがあります。やはり、頭の下がる思いがするんですよ。

ひょっとしたら、ドイツから憧れて京都に来て、どこかのお寺で修行しているのかもしれない。この人の目に、祇園でほたえ(戯れ)ているお坊さんの姿は、どんなふうに映るのかと思うと、ちょっと申し訳なさがよぎります。多くの日本のお坊さんが失ったものが彼らの中にあると思います。

とはいっても、仏事を営むときに西洋人がお経を読みに来たら、日本人の多くは「あんたではあかん、日本の坊主にしてほしい」と言うのではないでしょうか。インド人のお坊さんが来てくれたら「よう本家から来てくれた」と喜んでもいいようなものだけど、多くの人は「インド人では困る」と思うでしょう。その意味で、仏教は完璧に日本の宗教になってしまっているような気がしますね。

宗教が伝播する中で、地域の影響を受け変容することは、日本に限ったことではないですよね。

井上ヨーロッパもシナイ半島のキリスト教を、相当ゆがめていると思います。ただ、新井白石という江戸時代の儒者は、キリスト教を仏教の亜流だと考えた。仏教が西に伝わってできたのが、キリスト教だと考えていたんです。つまり、彼の脳裏には仏教も外国の宗教、キリスト教とそう違わない宗教という認識があったんです。今そう捉える人は、よほど少なくなっているでしょう。これだけグローバルな時代となったのだけど、私たちは大変鎖国的に仏教を捉えていると思います。