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力強くたおやかな舞で魅了する京舞井上流五世家元

井上八千代さん(1/2ページ)
2016年11月2日付 中外日報(ほっとインタビュー)

神仏に祈る気持ちで舞う

京都の花街・祇園甲部を中心に、200年の歴史を誇る京舞井上流を率いる。力強くたおやかな舞い姿で人々を魅了する五世家元は、無常の中に感じる命の輝きに魅せられるという。

(丹治隆宏)

京舞井上流五世家元 井上八千代さん

観世流能楽師・片山幽雪氏の長女として、京都に生まれる。幼い頃から、祖母の四世井上八千代さんに師事。2000年に五世を襲名。昨年、人間国宝に認定された。今月25日には、自身の思いなどをつづった『京舞つれづれ』(岩波書店)が発売される。

今年は、四世八千代さんの十三回忌だそうですね。

井上来月に祖母の追善会をしますが、演目の中に空也上人の踊念仏を題材にした「夕顔」というのがあります。それを芸妓さんたちと一緒に舞うんです。鉦叩きのときには、ヒョウタンを手に持って、扇で打ったりします。

私は頭巾をかぶって導師役をするんですけど、両側に並んだ芸妓さんのかんざしには茶筅が付いています。空也僧が日常の生業で、茶筅を売っていたそうですが、その名残なんですね。

この曲目を選んだ理由は、仏教の要素があるからですか。

井上それもありますが、「夕顔」のように、皆で一緒に舞うことができる曲目が、なかなかないんですね。集うというか、法事もそうですが、何かのときに寄り合う、人と人が触れ合うことがやっぱり大切やなあと思うんです。

私はカトリックの小学校に通っておりましたが、時折神父さんがみえられて、ミサがありました。信者さんはベールを着て、パンを頂いて。そういう皆で一緒にする儀式みたいなもの、それはやはり、ただ一人で祈るのとは違う姿があるのだなと、子どもながらに思っていました。

寺社で舞う機会も多いと思いますが、いつもの舞台と違いますか。

井上神さんや仏さんの前というのは、演目的にも、それに関係したものを選ぶことが多いのですけれど、どこか祈る心が、普段よりも強くなるように思います。

ということは、どんな舞台に立っても、祈る気持ちがあるということですか。

井上はい、そうありたいですね。舞の起源は、神様をお迎えするために依代を立てて、その周りをぐるぐる回るというようなことからといわれておりますが、本来なら、どんな舞台でも神仏に捧げるような気持ちでいることが舞かもわからんなあと、この頃思うようになりました。