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『論語』教室の第一人者 安岡定子さん(55)(1/2ページ)

2016年11月16日付 中外日報(ほっとインタビュー)

生きる力になる『論語』

「こども論語塾」では園児や小学生が目を輝かせながら、親子で『論語』の言葉を素読している。子どもたちは“学ぶ楽しさ”を実感しているようだ。

(萩原典吉)

第一人者 安岡定子さん

1960年、東京都生まれ。二松学舎大卒。祖父は陽明学者の安岡正篤氏。東京、水戸、京都などで26カ所の定例塾を持つ。幼稚園や小学校の特別授業、ビジネスマン向けセミナーも。著書に『楽しい論語塾』『実践・論語塾』など。

堅苦しさがなく、子どもが楽しんでいるような塾ですね。

安岡私が講師をしている『論語』塾は、親子で参加できるのが良いところだと思います。

たぶん、親御さんたちが子どもと一緒に過ごしながら、何か心に残るものを探していらっしゃると思うんです。今は情報があり過ぎて、手に入るものはたくさんあるけれど、何かむなしい。それに、昔は皆が持っていた共通認識や価値観が、家で育まれなくなってきた。それを求めている親御さんにとって、『論語』塾がぴったり合ったんだと思います。

なぜ人々は『論語』を求めるのでしょうか。

安岡人間の心は揺れるものです。正しいことが分かっていても、いろいろ人間関係が絡んで、損得もある。「『論語』の言葉は理想。実社会はきれい事で生きられない」というご意見は、たくさんあります。確かにその通りですが、本当に譲れない理想はこれだという原理原則があると思います。

正義を欠いてはいけない、自分の言葉には責任を持つ、卑怯なことをしない。そういう理想を最後まで、高く掲げ続ける人も必要だと思います。

ただ、何でもその通りにやらなければならないとなると、窮屈だし、押し付けがましくなりますが、日常の中で自分はまだそこに到達していないけれど、やはりそれを目指すべきだと。道を外れたとき、元に戻るために『論語』があると思います。

お寺で教室を開くことについては。

安岡皆が集い、心を落ち着かせるのに、とてもふさわしい場所です。よその教室とは全然雰囲気が違います。過去を大切にし、昔の教えをもう一回学び直す点も、お寺の学びと『論語』の学びは似ていると思います。