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悪縁切ります…歌舞伎町「駆け込み寺」の代表 玄秀盛さん(60)(1/2ページ)

2017年1月11日付 中外日報(ほっとインタビュー)

虐待、いじめ、差別を経験

守銭奴とレッテルを貼られた半生から一転し、人助けのため2002年5月、新宿・歌舞伎町に「駆け込み寺」を立ち上げた。本来、宗教者がやるべき相談事業だとの思いから、僧侶に立ち上がることを期待している。

(赤坂史人)

歌舞伎町「駆け込み寺」の代表 玄秀盛さん

大阪府生まれ。1990年、酒井雄哉・大阿闍梨のもとで得度。2002年「NPO法人ソーシャルマイノリティ協会」を設立し、12年「公益社団法人日本駆け込み寺」に改組。その後、「一般社団法人再チャレンジ支援機構」を立ち上げ、出所者支援も実施している。

「駆け込み寺」と名付けた理由は?

もともと暴力や金銭トラブルなどの問題を抱えた人たちを助ける「NPO法人ソーシャルマイノリティ協会」を歌舞伎町に立ち上げたんや。でも全国からいろんな方が来るけど、新宿に着いた時はもう手遅れ。そうしたらもっと各地に「駆け込み寺」のようなものができへんかと思った。

それで全国に約7万7千カ寺ある仏教界に期待し、全日本仏教会(東京都港区)に話しに行って。ただ俺みたいな人間じゃ相手にしてくれへん。だから日本財団の笹川良平会長と行った。九州に1カ寺、西日本、近畿……、6カ所ぐらいのお寺があれば、俺がなんぼでもそこに行ってお手伝いするし、そこでネットワークもつくるからと。でもけんもほろろ。

俺もそうやけども、笹川会長の中では悔しさいっぱいあったわな。門前払いやったから。帰りの車の中で、笹川会長が「うちが支援する」言うて、助成金を頂いて始まったのがこれ。

壮絶な半生はドラマや書籍にもなったようですが。

韓国人の父親と在日の母親の間に生まれ、5年間は出生届も出てなかった。世間で言う、虐待、いじめ、差別、全てあった。

小学校の時は教会の日曜礼拝によく通っててん。一心不乱に祈ることは心を無にしてくれる。逃げられへんから一瞬でも忘れたい。家に帰れば、怒涛の虐待がくるけど今度は違う。一枚皮膚が強くなっているやん。忘れていない間はずっとおびえてんねん。いったん遮断されるから、おびえ方も二段構えになる。

言われなきことっていっぱいあるけど、泣き言言われへん。傷口に塩を塗って塗って、自分で鍛えるしかないやん。コンビニもない時代。どこにも逃げ場がないときに教会で祈ることが自分の安息日みたいなもんや。